小説家の本質とは・時雨沢恵一『男子高校生で売れっ子ライトノベル作家をしているけれど、年下のクラスメイトで声優の女の子に首を絞められている。2 ―Time to Play― (下)』 入間人間『エウロパの底から』

  

 今回は珍しく2冊同時に感想を書いてみる。前にやったのは江波光則氏の『鳥葬-まだ人間じゃない-』と『スピットファイア』の感想をまとめて書いた時か。違う作家の著作をまとめて取り上げるのは初めてかな。

 時雨沢恵一氏の『男子高校生で(以下略)』の上巻の感想はこちらに。そして入間人間氏の『エウロパの底から』は題名が気に入ったというだけでろくに中身も確かめずに買ったのだけれど、こちらも小説家が主人公の物語で、小説家が書いた物語の通りに殺人事件が起きてしまうという内容。奇しくも小説家が主人公になる小説を2冊立て続けに読む事になった訳だけれど、「小説家が小説家についての物語を書く」という行為は、やはり少なからず自分語りになる部分があるのかな、とは思う。何もそれぞれの作家が自分の実体験をそのまま小説にしているとは思わないけれど、この2作品を読み比べてみるというのもまた、小説家という難儀な生き物を理解する上では有意義かもしれない。いや、自分は別にアスキー・メディアワークスの回し者じゃないけれど。

 正直、『男子高校生で(以下略)』の主人公である高校生作家のケースはかなりのファンタジーだと思う。高校生で電撃文庫から作家デビューして、そのデビュー作がヒットしてアニメ化されて、しかも出演声優の女の子がたまたまクラスメイトだった上に親密な関係になる、なんていう展開が実際に起こり得るとしたら『リア充爆発しろ』という怨嗟の声が止まないレベルだ。逆に『エウロパの底から』の主人公は20歳で作家デビューして、30歳を迎えようとする今、初版が当時の半分以下になったという事実を抱え、自分の才能は枯れてしまったのだろうかと自問する。
 一見、この2作品のどこに共通点があるのだろうかと思うが、自分は両者を読んでみて、あらためて作家というのはどこまでも自分の為に作品を書き続ける生き物なのだなと思った。

 作家が自分の為に作品を書く事なんて当たり前じゃないか、と言われるだろうし実際その通りだが、自分はもっと切実な意味で小説家は自己中心的な生き物なのだろうなと思う。所謂悪い意味での「ジコチュー」ではなくてね。

 作家が小説を書くのは、第一にそれが仕事だからであり、収入を得る為だ。ただ、単に収入を得る為だったら他にいくらでも方法がある様にも思う。一度でもやってみようと思った者なら分かると思うが、小説を書くというのは大変な作業だ。時間を掛ければ掛けただけ確実な成果が上がるというものでもない。半ば完成まで近付いたものを全て捨てなければならない事もあるし、創作に行き詰まって書けない状態に陥ってしまう事もある。単純に生活を成り立たせる為に金を稼ぎたいだけならば、他に堅実な方法がいくらでもある。それではなぜ、作家は小説を書く事を生業にするのだろう。自分はそこに、「自分は小説を書かなければならない」という彼等なりの強い動機があるのではないかと思う。その動機の中身は人それぞれだろう。単純に小説を書く事が好きだから、という理由で書き始め、そのまま書き続ける人もいるだろうし、自己実現の為に書く人もいるだろう。社会の中で他人から認められる為の手段が創作行為だったという人もいるかもしれないし、気が付いたら小説家になっていた、なんていう奇特な人もいるかもしれない。

 理由は各々あるにせよ、それらは全て作家本人の為であって、作家は読者の為だけに創作を続けている訳ではないと思う。もちろん、受け手である読者が自分の作品を読んだらどう思うだろうとか、作品が受け入れられるだろうか、楽しんでもらえるだろうか、もっと言えば売れるだろうか、といった程度の事は頭をよぎるかもしれない。中には自分が知らないだけで、執筆前にマーケティングを熱心にやる作家もいるのかもしれない。でも自分は、何となくだけれど、それらは作家の本質ではない様な気がする。作品の受けや売れ行きを心配するのは編集者や出版社の仕事だろう。

 自分が想像する作家というのはむしろ『小説を書いていなければ死んでしまう』様な難儀な生き物だ。例えるなら泳ぐのを止めたら死んでしまうというマグロみたいな……なんて言うと失礼だろうけれど、それ位の切実さを持って作家は創作活動をしているのではないかと勝手に想像してしまう。生きる生業として、生活の手段として、というだけではなく、『自分』というものと『小説を書く行為』は不可分なものになっていて、その両者が重なり合っている場所に『作家』というものが存在しているのではないかと思うのだ。ものを書く行為というのは、実際その位の動機付けがないと続けて行けない。

 自分と作家を並べて語るのは論外だろうと思うけれど、それでも敢えて書くとするならば、自分がここに本の感想を書く行為も、結局は自分の為にしかやっていない。ネット上という公の場所でやっている行為なので、当然他人の目はあるだろうし、人に読まれる可能性くらいは常に考えて文章を書く様にしているけれど、これを他人に読んでもらおうと思って、その為だけに書き続けていたとしたらもっと早く止めていただろうと思う。自分は自己中心的な生き物なので、他人の為だけに出せる力には限度があるのだ。自分の為でなかったら、そして自分が書きたい様に書くのでなかったら、こんなに長くは続けられない。そう考えると、読者の事も意識しながら、それでも自分の為に小説を書き続ける作家は尊敬に値する。書いている作品の内容とは全く関係なく。それは自分がかつて憧れていて、けれど決して出来なかった生き方だから。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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