現時点での、僕の解答・ヨゲンメ『キミと死体とボクの解答 3』

 

 1、2巻の感想はこちら置いておきます

 さて『人の心の死体が見える』という能力を持ってしまったが為に、他者の心が傷付けられる事や、その傷を抱えたまま生きる人達の存在を看過する事が出来なくなってしまったユウと喋は、何とか彼等の問題を解決しようと奔走するのだけれど、自分達が見ている『透明死体』の存在を証明出来ないが為に誤解を受けたり、反発されたりする。その繰り返しの中で、彼等は自分自身の心とも向き合う事を強いられるのだけれど、そこから生まれる問いは簡単に答えが出せる様なものではないから、他者を救おうとする彼等自身もまた壁にぶつかり、時に傷付き、悩む事になる。

 肉体の傷は目に見える。血が流れているのを見ればその痛みは他者にも容易に想像する事が出来る。でも、心の傷を、その痛みを、他者が共有する事は難しい。それ以前に、そこに傷がある事に気付く事も難しい。本作『キミと死体とボクの解答』は、その「目に見えない心の傷がもし見えたなら、人はどうするのだろう。そして貴方はどうしますか?」という問いを読者に提示する為の寓話である様に思う。ならば、ここにはやはり書いておかなければならないのだろう。現時点での『僕の解答』を。

 その前に、ひとつ触れておきたい事がある。本巻では、ある教育実習生の物語が語られる。彼は様々な理由から不登校になってしまった生徒達に、教育実習生という枠を超えた接し方で向き合おうとし、実際に何人かの生徒は彼に救われる事になるのだけれど、自分もまた、過去に教育実習生として高校に通った事がある。その時の事を思い返しながら書いてみようと思う。

 『学校じゃ何の権限もないただのお客様』

 本作で実習生自身がそう口にする様に、教育実習生は先生ではないから、学校での扱いはまさにこんなものだった。ただ、それは悪い意味ではないと自分は思っている。そうされる事で教育実習生は守られている部分もあるから。
 自分は2週間だけ高校に通った。教育学部ではなかったし、実習に行ったのもずいぶん前の事だから、今はもう少し長いのかもしれない。それで思う事は、「2週間という期間は何をするにしても本当に短い」という事だ。教壇に立って授業をするという事にしても、生徒達個人と向き合うにしても。ただ、受け入れる学校側からすれば、「仮に2週間とはいえずぶの素人である大学生を実習生として受け入れ、授業を任せる訳だから迷惑極まりない。後でフォローするのはこちらなのだから、受け入れてもらえるだけありがたく思え」「できれば実習期間中に何事も問題を起こす事無く出て行ってくれ」という事になる。実際自分は「教育実習生には懲戒権が無いのだから、生徒に対する生活指導その他は行わない様に」と厳命された。「余計な事は一切するなよ」と言われた気分だったが、『懲戒権』なる言葉を聞いたのはこの時が初めてだったので正直面食らった。生徒を叱る権利は、実習生には無いよ、という事だ。

 冷静に考えてみれば、確かに2週間でいなくなってしまう実習生は生徒達の事に責任を持てる立場ではない。実習を終えた学生が皆教員免許を取得し、採用試験を受けて先生になるとは限らないし、もし実習生が生徒と問題を起こしたとしても、大学生に負える責任なんてたかが知れている。だから受け入れ校では、最初から実習生と生徒に過度の交流を持たせない。実習生の側がその枠組みを乗り越えて行こうとするなら、それは実習生と生徒という関係ではなく「人間対人間」という生身の個人として接しなければならない。
 本作に登場する実習生はそうした。実習生という枠を自分から踏み越えた。それは高校を混乱させもしたし、生徒達を動揺させもしただろう。彼が高校を去る時にはその結果を--あくまでも大学生が負える範囲の責任ではあるにせよ--受け入れなければならない。それが良い事なのか。正しい事だったのか。その結論は人によって異なるだろう。ただ本作が読者の側に繰り返し問うているのは、「目の前で誰かが傷付き、助けを必要としている事を知ってしまった時、自分達はどうするのだろう。何が出来るのだろう」という事だ。

 「何もしないよ」「何も出来ないよ」という人はきっと多くて、自分もその中の一人なのには違いないと思う。自分が出来る事なんてたかが知れているし、誰彼構わず困っている人に手を差し伸べられる様な余裕もない。綺麗なものや優しい気持ちだけでこの世界は出来ていない。他人の都合を考えていては仕事にならない。こちらの要求を押し通す時、これで相手は困るんだろうな、なんていう事は容易に想像が付く。それでも、その事に気付かない振りをする事。気付いていながら無視する事。大人になってから自分はそんな事ばかり覚えて来たし、やって来た。食べて行く為に。生活をして行く為に。自分の取り分を守る為に。会社の中で居場所を確保する為に。上司からの叱責を躱す為に。二言目には「仕方ない」と言って自分を納得させて来た。でもそれが本当に「仕方がない」事だったのかどうかは、自分だけが決められる事だとも思う。本当に「仕方がなかった」のか「仕方がないと思いたかった」だけなのかは。

 正直、自分は漫画の登場人物の様に誰かを思いやって、手を差し伸べる事は出来ない。他人の事情に積極的に踏み込んで行く覚悟もないし、仮に踏み込んだとしても相手を助けられる力はないから。けれど、もしも自分に出来る事があるのだとすれば、それは誰かと一緒になって悩む事くらいなのだろうと思う。それが「誰かを助けよう」なんて思えない、そんな自信を持ち合わせていない自分にも最低限出来る事だろうから。

 誰かが隣で困っていたら、自分も隣で頭を抱えよう。誰かが近くで泣いていたら、もらい泣きしてみよう。誰かが隣で傷付いていたら、それを癒やす事は出来なくても、その痛みを想像してみよう。
 何の問題解決にもならない、その程度の事。いつからか止めてしまっていた、その程度の事。それをもう一度やってみよう。それで何かが変わる訳ではなくても。それで何が解決する訳ではなくても。自分がそうすべきと思ったなら。自分がそうすべきと思う人がもし近くにいるのなら。それがきっと今の時点での『僕の解答』だと思うから。

 

テーマ : 漫画の感想
ジャンル : アニメ・コミック

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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