非力な支配者である自分達は・上遠野浩平『螺旋のエンペロイダー Spin2.』

 

 “ようこそ--〈支配者〉の世界へ”

 1巻の感想はこちらに。
 さて、この世界には色々と面倒で厄介な問題がある。毎日ニュースを眺めていても、本当にうんざりする様な内容が垂れ流されていて、その度に呆れたり、溜息を吐いたり、思わず耳を塞ぎたくなったりしてしまう。

 外国を見れば領土問題と軍事的挑発。或いはイラクで反政府組織が再び台頭しつつある事。お隣の国で深刻化する環境汚染。サッカーワールドカップ開催国のブラジルは貧困問題から反対デモが起きる程。また国内に目を向ければSTAP細胞論文にまつわるいい加減さ。大学病院では使用禁止の条件を無視した麻酔薬の投与を受けた子供63人の内、12人が死亡したが病院側は即座に因果関係を否定。後は忘れちゃいけない地元福島の原発問題。地下水が原子炉建屋に流れ込むと汚染水が増えるからという理由で、汚染前の地下水を汲み上げて海に放流する「地下水バイパス」なんて事をやっているのだけれど、その汲み上げ用井戸の1箇所で基準値超えの放射性物質が出たと。で、それはどうするのかと言えば「他の井戸から汲み上げた地下水と混ぜれば基準値を下回るから海に放流する」と。一応プレスリリースを置いておくけれど。

 東京電力 報道関係各位一斉メール
 『福島第一原子力発電所 地下水バイパス揚水井No.12のくみ上げ再開について』

 ……何だかもう呆れて物が言えない。

 大幅に脱線したので話を戻す。
 自分はこういうニュースを見る度に思う事がある。それは、こういう悪いニュースの裏側に、ステレオタイプな『悪の支配者』がいてくれればどんなに楽だろうかという事だ。「全部コイツが悪い」という事に出来る存在。その個人を打倒すれば全ての問題にケリが付く様な象徴。でもそんなものがいない事を、自分達は知ってしまっている。

 例えば支配者、或いは独裁者に関する話の中でよく引き合いに出されるアドルフ・ヒトラー。しかしナチスドイツの戦争行為とホロコーストの責任が全てヒトラー個人にあるのかと言えば、そんな事はないだろうと思う。確かに彼は総統であり、絶大な権力を持っていたとは思う。しかし、個人の意思が全ての戦争行為と人種差別の源泉であり、彼が諸悪の根源だったのだとするのは暴論だと思う。いや、それは最早暴論ですらなくて、「そうであって欲しい」という願望でしかないのかもしれない。例えばかつての『魔女狩り』の様な。
 その他にも『悪の支配者』の物語は枚挙に暇がない。だが、彼等が倒されたからといって世界が良くなったのか、少しでもマシになったのかと言えば答えは否だ。サダム・フセインも、オサマ・ビン・ラディンもこの世からいなくなったが、相変わらずテロも紛争も無くなってはいないし、そもそも彼等を悪とみなすのは敵対している側の都合でしかない。

 〈支配者〉はいない。少なくとも自分達にとって都合が良い〈支配者〉は。それを探し求めるのは、先に言った様に「全部コイツが悪い」という事にして安心したい自分達が思い描く幻想でしかない。では、自分達が日々感じている閉塞感や束縛といったものはどこからやって来ているのだろうか。今の自分はそれを、何となくではあるけれど、クラウドコンピューティングで言われるところの『クラウド』的なものではないかと感じている。言葉自体いい加減で、実態が掴み難くて、中心が無い。独裁的な支配者があれこれと決めているのではなく、社会を構成している自分達一人ひとりが何となく従っている慣例や共有している価値観、或いはその時点で多数の人が向いている方向といったものが、言ってみれば本当の〈支配者〉という事になるのかもしれない。緩い支配。言い換えれば、首輪を付けられている訳ではないのだけれど、飼主の影響下から離れられる程自由でもない位の支配。ではその『御主人様』はどこに? というとその姿は見えない。自分達はきっと気が遠くなる様な『相互支配』の世界で生きていて、常に誰かに、何かに束縛され支配されながら、同時に誰かを束縛し支配してもいるのだろう。

 本作は〈支配者〉の物語だ。しかし彼等はそうなりたくて〈支配者〉の座を目指しているのだろうか。少なくとも自分はそう思えない。むしろそれは本人の意思とは全く関係なく、周囲の都合で座らされてしまう仮の支配者の座でしかない様に思える。魔女狩りの魔女。敵対勢力に打倒される政治指導者。それを欲しているのは常に大衆であって、そうする事で自分達は安心を得る。何か事があれば「全部コイツが悪い」と言えるから。

 多分、自分達は一人ひとりが〈支配者〉の断片だ。しかもそのデッドコピーだ。自分達が〈支配者〉の構成員である、などという事も忘れてしまう程繰り返されたコピーの、その成れの果てだ。罪に問われる程の権力も無いが、潔白を主張出来る程無関係でもない。息も出来ない程不自由ではないが、此処ではない何処かへ飛び立てる程自由でもない。その曖昧さの中を漂いながら、時々不平不満を口にしては仮の支配者に石を投げて安心してみる。〈支配者〉ではなく、〈支配者達〉である自分達の、無自覚な権力行使。その積み重ねがこの社会であり世界なのだとすれば、やはり個人としての自分はただ溜息を吐く程度の事しか出来ないのかもしれない。その途方も無さに。そしてその取り返しの付かなさに。

 (権力=責任も濃度を薄めれば水に流せるって話でいいのかこれは?)
 (むしろそれをやっても責任は消えて無くならないって事で。目に見えないだけでさ)

 BGM“copy of a”by Nine Inch Nails

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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