テロリストの心の内側を・月村了衛『機龍警察 自爆条項』

  


 1巻の感想はこちらに。
 警察小説に『機甲兵装』という人型兵器を盛り込んだ所が面白い『機龍警察』シリーズの2作目。地道な捜査で事件の真相に迫ろうとする刑事達を描くパートと、機甲兵装での戦闘が描かれるパートが絶妙にマッチして読者を飽きさせない作りになっている。本作ではテロの脅威について、特捜部所属のライザ・ラードナー警部の過去を振り返りつつ描いて行く。彼女はかつてIRF--アイリッシュ・リパブリカン・フォース--で〈死神〉と呼ばれた処刑人だった。

 国際的テロ組織の元構成員が、言わば傭兵として特捜部に所属し、機甲兵装の搭乗員として戦うという構図は一見無茶苦茶だが、物語が荒唐無稽なものにならない様にと綿密に作り込まれた設定から醸し出される説得力は相当のもので、読んでいると本作で描かれている様々な事件が、あたかも実在のものであるかの様な錯覚を覚える程だ。

 IRFは実在の武装闘争組織であったIRA(アイルランド共和軍)--アイリッシュ・リパブリカン・アーミー--から派生した組織であるとされていて、ライザの過去が掘り下げられて行くと同時に、史実であるアイルランドの対英独立戦争や、カトリックとプロテスタント間の宗派・民族対立の歴史についても触れて行く事になる。作中でも描かれている通り、実際にIRAは「リアルIRA」「コンティニュイティIRA」等の組織に分派して行く事となった訳だが、IRFもまたそうした分派組織のひとつである、という機龍警察の設定は生々しい。

 日本でテロ組織と聞いて人々が真っ先に思い浮かべるのは、やはりアルカイダなのではないかと思うが、ではアルカイダがいつどの様にして組織され、どんな思想に基づいて行動し、何を目的としているのか詳しく理解されているかというとこれは難しい。自分もこんな事を書いてはいるが、この辺りの歴史についてはうろ覚えもいいところだ。

 日本でテロ組織、テロリストというとそれは「無差別爆破テロや自爆テロ等をやらかす何か悪い奴らの集団」という程度の認識であって、彼等がどんなルーツを持ち、どんな主義主張に基づき、テロ行為を行う事で何を実現しようとしているのかという部分についての理解がなされているとは言い難い。これは「いかなる理由があるにせよテロ行為は犯罪であり、犯罪組織との交渉には応じないし、その主張の正当性は認められない」という各国の立場や、各種事件報道でそこまで踏み込んだ説明がなされない事等が理由として考えられる。
 またこれはテロ組織に限らないが、目的達成の為に組織されたはずの集団であっても、やがて組織の体制維持そのものが第一目的にすり替わると、当初掲げていた思想や理念等が形骸化してしまうという事も往々にして起こり得る。その次に発生するのは組織内部の権力闘争や内部抗争による主導権争いであり、かつての仲間同士が対立し、時に命の奪い合いをするという救い様のない末路へと繋がって行く。その末期症状とも言える状態の中にはかつて双方が唱えた理念も無ければ、思い描いた理想像もない。その事に薄々気付きつつも、彼等は闘争を止める事が出来ないのだろう。いずれにせよ、テロリストの心理というものは一般人の感覚からすると理解し難いものがある。

 上記を踏まえて、本作においてライザを物語の中心に据える時、最初の困難は読者をいかに彼女に感情移入させるかという事だったのではないかと思う。元テロリストであり、自らの過去を語ろうとしない彼女と読者との接点を作る事。それは彼女の個人史を詳細に語る事によって成された。かつて少女であったライザがどんな道を辿ってIRFの構成員となり、〈死神〉と呼ばれるに至ったのか。そしてなぜ裏切り者として組織の処刑対象になる事を知りつつIRFを離脱したのか。その「彼女の歴史」を、IRFのテロによって家族を失った特捜部技術班主任である鈴石緑の個人史とも交錯させながら描く事。そうする事で元テロリストというキャラクターはライザ・ラードナーという一個人としての血肉を得る事になる。加害者の歴史と被害者の歴史。加害者の側もある意味では被害者であるという多面性。容易に白か黒かで切り分ける事が出来ない現実の複雑さ。それらを読み解いて行く事もまた本作の魅力のひとつだと思う。

 かつて石川啄木は『ココアのひと匙』という詩の中で『われは知る、テロリストのかなしき心を』と記した。それは『奪はれたる言葉のかはりに おこなひをもて語らむとする心』であり、『われとわがからだを敵に擲げつくる心』であるという。正直、自分には他者の命を奪う事を手段として用いてまで他者に、或いは社会に訴えなければならない程の彼等の心情を理解する事は出来ないだろうと思う。それは啄木が言う様に『かなしき心』なのかもしれない。或いは逆に、社会に対する偏見や怒り、憎悪といったものを伴う激しい感情なのかもしれない。しかし、テロリストとしてではなく、名前を持った個人としての彼等の心を想像する時、彼等が晒されてきた不理解や不寛容、そして彼等が敵対者に対して同じ様に抱いているであろう不理解と不寛容が、いかに『かなしき心』であるかを想像する事は出来る様に思う。そこから生まれる対立を解決する為の手段を、お互いの偏見や憎しみを取り除く為の方法を、自分達はまだ見出せてはいない。

  

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ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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