仕事を、自分を描くという事・佐川光晴『牛を屠る』

 

 たまには、ノンフィクションを。
 本作は題名の通り、筆者自身がかつて勤務していた大宮食肉荷受株式会社(現・さいたま食肉市場株式会社)での日々を綴ったものだ。生きた豚や牛を食肉に加工する仕事や、それを行う場所について『屠殺』『屠殺場』という言葉を使う事は差別的だとみなされる場合があり、『屠畜(と畜)』『屠畜場(と畜場)』と言い換えるべきとする向きもあるが、ここでは筆者の表現に倣い、以下『屠殺』という言葉を用いる。もちろん自分は食肉加工の現場で実際に家畜を屠る仕事に従事している方々について何ら差別的な感情を持っている訳ではない。その事は最初に明記しておく。

 さて、以前何かの折に少し書いた事があったと思うが、自分の母方の実家は乳牛を飼っていた。小さい頃、夏休み等に母方の実家に泊まりに行くと、市販のパック入りではない、実際に搾った牛乳を飲む事が出来たものだ。
 乳牛は食肉にする為に飼育している訳ではないが、それでも乳の出の良し悪し等で、肉にする為に出荷される事がある。自分はかつて一度だけ、実際に牛が連れて行かれる場面を見た。トラックが牛舎の前までやって来て、荷台に牛を乗せようとする。もちろん牛は今何が起こっていて、これからどこに連れて行かれるのかなど全く分からない筈だが、不思議と牛舎に残っている牛達は仲間が連れて行かれる事が分かるらしく、一斉に物悲しそうに鳴くのだ。まあ「物悲しそうに」というのは人間である自分の主観でしかない訳だが、その鳴き声を聞いた自分は幼心に、いつも食卓に上る肉がどの様にして生産されるのか、その一端を垣間見た気がした。その牛の鳴き声があまりにもかわいそうに聞こえてしまい、「これでしばらく肉は食べられないかもしれない」等と思ったものだが、家に帰ってみるとその日の夕食のおかずは牛肉だった。自分ももちろん食べたし、美味しかった。肉になってくれる牛達やそれを育てる畜産家がいて、更にそれを食肉加工してくれる方がおり、食肉としての流通・販売を経て、母が調理したものを自分が食べている、という循環が小学生の自分にも何となく理解出来、食べ物を粗末にしないという事が最低限の礼儀である事を再認識した。
 「食べ物を粗末にしてはいけない」というのは親からの躾や学校教育でも教わるが、なぜ食べ物を粗末にしてはいけないのかという根源的な理由は生産の現場から教わる事が多かった様に思う。例えば子供の頃、これも母方の実家で米袋の上に腰掛けていたのを見付かった時にはこっ酷く叱られた事を覚えている。「米は一粒作るのにも一年掛かるもの。それを尻の下にするとは何事だ」と。それ以来、同じ無作法はしていない。

 本作は屠殺の現場を描いている。小学生の自分は、肉になる為にトラックに乗せられた牛がその後どうなったのか詳しく調べる事は無かった。目の前の牛が、スーパーでパックに入って売られている「お肉」になるまでには、当然『牛を屠る』という工程がある訳だが、そこで働く人々について、またその仕事の具体的な工程について詳しく知る機会は無かったのだ。本著を読んで、あらためてその詳細を知る事が出来た訳だが、本著は所謂「家畜の命を食物としていただいている事を忘れない様に」だとか「教育の一環として生徒に家畜を飼育させる」といった様な道徳教育や総合学習の一助となる為に著されたものではない。本著が描くのは屠殺という『仕事』についてであり、社会人としてそれに真剣に取り組む青年=若かりし頃の筆者の姿をありのままに描く事である。

 技術も経験も無い青年時代の筆者が屠殺場で働く事を選んだ時、まず年配の作業員から「ここは、おめえみたいなヤツの来るところじゃねえ」という言葉を浴びせられる事になった。法学部卒で一度は出版社に務めたものの退職したという経歴を持つ筆者は「確かにその通りだと思いながらも謝る訳にも行かず」帰路につく。翌日出社してみると、昨日自分を怒鳴りつけた作業員から仕事の段取りを教わる事になった訳だが、当然の事ながら最初は上手く行かない。失敗をすると「もうやめて帰っちまったっていいんだぜ。そもそもここは、おめえみてえなヤツの来るところじゃねえんだからよ」と怒鳴られる。そこで帰ってしまっても良かったのかもしれない。当時も「出社初日に辞めて行く人」は居たというし、特に今は「自分に合わないと思ったら深入りする前に辞めて別の職を探す」という若者が多いと思う。自分に合わない事をやっていても思う様に成果は上がらないのだから、一刻も早く軌道修正して自分に合う職場を探そうというわけだ。自分はそれを否定しない。そうする事が正しい場合もあるのかもしれない。しかし筆者は職場の先輩や厳しい上司に揉まれながら、仕事の段取りやナイフの研ぎ方、使い方といった技術を身に付け、実績を積み上げ、やがて周囲に認められる様になって行く。

 周囲から偏見を持たれる事もままある屠殺場での仕事をあえて選び、その中に飛び込んで経験を積み、技術をものにし、仕事に対する誇りと責任を持ち、周囲からの信頼を得るまでになる。その道程は容易なものではない。しかしそれを成し遂げて行く筆者の姿は、本著を読む者に仕事と労働者の関係をもう一度考え直すきっかけを与えてくれる様に思う。

 働いている自分が、その仕事にやりがいや手応え、また「これは悪くない」という実感を持てるのかどうか。自分の労働に、或いはその仕事に、客観的ではない自分なりの価値を見出す事が出来るのかどうか。自分が自分自身とその仕事ぶりに納得出来るのかどうか。大げさな言い方をすればそれは「生き様」という事になるのかもしれないけれど、そこまで構えなくても、本著を読んで各々が自分なりに何か感じる所があればそれでいい気がする。そして社会人なら、自分が携わっている仕事と自分自身との関係をもう一度考え直すきっかけにもなるだろう。その上でこれからどうするか考えてみるのもまた良いかもしれない。

 筆者も文庫版あとがきに記している様に、若かりし頃の筆者が「どうだ。これがおれたちの仕事だぜ」と肩を怒らせている様が目に浮かぶ様な清々しい作品だと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 本・雑誌

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon