正常と異常の境界線上で・中山七里『連続殺人鬼カエル男』

 

 佐世保女子高生殺害事件の報道が加熱していた頃、本作を読んでいた。
 『連続殺人鬼カエル男』とは、何とも面妖なタイトルだと思う。個人的に『さよならドビュッシー』ではなく、初中山作品としてこちらを手に取ってしまうあたり、相変わらず偏読というか何というか。

 本作は題名通り、連続殺人鬼、通称『カエル男』の正体を追うミステリになっている。章題に『吊るす』『潰す』『解剖する』『焼く』といった言葉が並んでいる様に、カエル男によって殺害された者の遺体は、まるで子供が興味本位で虫やカエルを殺した時の様なやり方で遺棄される。そして現場に残された、まるで子供が書いたかの様な稚拙な犯行声明文。明らかに通常の事件とは異なる死体発見現場の惨状と犯行声明文の内容から浮かび上がる犯人の異常性。警察は通り魔的な犯行を視野に入れ、カエル男を追い始める。

 正体不明の連続殺人鬼『カエル男』とは何者か。精神異常者の犯行ではないのか。なぜ警察はカエル男を捕らえる事が出来ないのか。人々は次第に疑心暗鬼になって行き、大衆から見て「普通ではない者」、有り体に言えば前科者や精神疾患を持つ患者に対して疑いの目を向けて行く事になる。「次に殺されるのは自分かもしれない」その恐慌状態の中で次第にたがが外れて行く「善良な一般市民」の行動は、ある意味で連続殺人鬼が内に孕む狂気と同程度に空恐ろしい。

 個人的に、なぜか昔から連続殺人や猟奇殺人を扱った作品が好きでよく読んでいるのだけれど、その時に思うのは『正常と異常の線引き』だ。つまり善良な一般市民と殺人犯の間に存在すると思われているボーダーライン。市民とサイコパスとを分ける明確な壁。自分はまともであり異常者ではないと思えるだけの安心材料。そういうものを人間は常に求めている所があると思う。佐世保の事件がそうであった様に、理解不能な動機に基づく殺人事件が起こると、人々は「あの犯人は精神異常者だったに違いない」「生まれつき頭がおかしい奴だったに違いない」という意見に同調し始める。それは、そう考えた方が安心だからだ。自分や、自分がよく知る周囲の人々はあんな異常性を持っていない。あんな特殊な事件を起こす様な人間は生まれつきおかしいのであり、自分達とは本質的に異なるのだと。理解できない相手は拒絶し、隔離する。こうした自己防衛は、珍しい事ではない。

 最近の事件報道の中で自分が思うのは、犯人側もまた『他者から理解される事を拒む為に』これを利用しているのではないかという事だ。

 「人を殺してみたかった」或いは「人を殺して死刑になりたかった」という発言が殺人犯の常套句になったのはいつからだろうか。犯人の異常性を裏付ける供述として、この種の発言はメディアにも大きく取り上げられる。しかし、自分にはこれが、殺人犯から世間一般に対する「自分を理解しようとする行為への拒絶反応」である様に思う。

 異常を装えば「正常な」人間は自分を避けてくれる。無遠慮に自分の内心に踏み込んでは来ないし、自分を理解しようなどとは思うまい。犯人は異常者。それで良いではないか。どうせ人を殺した事実に変わりはない。矯正教育などお呼びではない。取り返しが付かない事をしたというのなら、死刑にでもすればよい。そうした殺人犯の心理は、他者との関係性を構築する事を拒絶しているのみならず、社会という一般人と同じ枠の中で「普通に」生きる事を放棄する行為だと思う。そこに乗っかる形で「ああ、やはり連中は異常者なのであって、自分とは違うのだ」と納得すれば安心出来るし、不安は解消されるかもしれない。ただ、それが正しいのかどうかは検証が必要だと思う。

 以前、マイケル・ストーン氏の『何が彼を殺人者にしたのか』という本の感想を書いた事があるけれど、犯罪史に名を残す様な凶悪犯にも、歪んだ精神を持つに至った経緯があり、殺人という行為には彼らなりの動機が存在する。「人を殺してみたかった」という発言は、それらを覆い隠す為の言葉であり、他者からの理解を求めず、自己完結するタイプの犯人に多く見られる気がするのだ。

 本作は、連続殺人犯を追うミステリである一方、犯人と目される異常者の周辺で少しずつ狂って行く一般人の姿を描写している。猜疑心に駆られて攻撃的になって行く彼等の姿を見る時、自分は「一体、本当に恐ろしいのはどちらなのだろうか」と思う。
 正常と異常の境界線。常人と殺人犯の境界線。そこには普段自分達が思っている程の差異は無いのかもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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