名前を持つ、全ての人に・藍沢季『名前のない星の物語』

 

 こういう物語と出会う為に、自分は本読みをしています。

 思わずそう言ってしまいたくなる様な良著。宮沢賢治の作品を読んだ時の様な素朴な手触り。主人公の少年、ニコルの誠実さと優しさ。その相棒であるセッタの、悪態の裏に隠された気遣いと情の深さ。それらを見守る語り部の温かい眼差し。どれを取っても自分が好きなものばかりで、この作品の魅力を余すところ無く伝えるには自分の語彙が足りない。これでは、作中に登場するある人物から『至って平凡、まるで退屈な紹介だな。もう少し趣向を凝らしてくれないと』と言われてしまいそうだ。

 本作の世界では、ほとんどの人が『名前』を持たない。公に通用する正式な名前を持つという事は特別な権利であり、名前を得るには多額の金が必要になる。
 主人公の少年、ニコルは『名付け親』と呼ばれる職業に就いており、名付けの依頼があった人の下を訪れ、どんな名前が相応しいかを決めて行く事になる。相手の事を想い、これからの人生に幸多かれと願って。その相棒であるセッタは『クローズ』と呼ばれる、名付け親を補佐する為の存在で、昆虫の姿を模している。セッタの場合、そのモデルはナナホシテントウだ。二人の道行きは時に困難な事もあるけれど、彼等はそれを着実に乗り越えて行く。
 名付け親としての旅と、その中で出会う様々な人々。時に苦い経験をする事になろうとも、ニコルは決してその歩みを止めない。

 名前を付ける、という行為は、相手の為を思ってするものだと思う。ある程度分別が付く年頃になってから、親に自分の名前の由来を聞く、なんていう機会があった人もいるだろう。当然自分にもネット上で名乗っているのとは別の、親から授かった本名があり、その由来があり、それを大事にしたいとも思っている。
 自分の名前は、祖父の代から一字を引き継いでいる。祖父から父へ、父から子である自分へ。同じ一字を受け継ぐなんて言うと武士の様だけれど、自分としてはこの若干古風な名前が気に入っている。まあ、自分の子供にも同じ一字が入った名前を付けるかはその時になってみないと分からないけれど……なんて、そういう心配はそのあてが出来てからにしようか。

 名前というのは不思議なもので、それが励みになる事もあれば重荷になる事もある。名前によって感じる絆を時に束縛と感じる事もある様に。でも人間は自分の名前を一生背負い、同じ様に名前を持つ他者と新たな関係を築き、そして自らの子に名前と想いを託し、連綿と受け継いで来た生き物だ。名も無き動植物達からすれば人間とは何と面倒な生き物なのかと思われるかもしれないが、その面倒で、時に厄介な人の営みが、こうした物語となる事もある。自分はそんな、人間が抱えているややこしさが、今は割と好きだ。

 ここまで書いても、何だか上手く作品の魅力を伝えられた気がしない辺り、自分の語彙の少なさに辟易するが、多くの人に読まれて欲しい作品だと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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