便所サンダル女子の疾走・竹宮ゆゆこ『知らない映画のサントラを聴く』

 

 “便所サンダル女子、舐めんな。”

 もうこの帯に書かれた一文だけで相当なインパクト。『草食系男子』とか、『(動物)系女子(男子)』とか、『歴女』とか『山ガール』とか、一時期雨後の筍の様に大量発生し、今もなお増殖中の『~女子(男子)』という言葉。中には「これ本当に実在するのだろうか」と思ってしまう様な無理矢理感溢れるものもあるけれど、『便所サンダル女子』のインパクトには敵うまい。便所サンダルという名詞から迸る力強さは何ものにも代えがたく、これが仮に『ギョサン女子』だったらかなり弱い。戦闘力も5割減という感じだ。実際、便所サンダルもギョサンも似た様なものだし、ネット通販でギョサンを売っている店を覗いてみたら便所サンダルも売っている訳で、便所サンダルとギョサンは親戚関係と言えなくもないとは思うのだが、それでも便所サンダルは圧倒的に強い。凄いぞ便所サンダル。ていうか、本の感想を書くのにここまで便所サンダル便所サンダルと連呼する必要があるのかと言えばそんな事は全く無いのだが、日常生活で便所サンダルという言葉を使う機会も書く機会もそうそうあるものではないのでここぞとばかりに連呼しておく。便所サンダル。

 という訳で、個人的に初竹宮ゆゆこ作品は『知らない映画のサントラを聴く』になった訳だけれど、他の代表作を全てすっ飛ばして『便所サンダル女子』に食い付いてしまう辺り、自分も本読みとして結構末期なのではないか。しかしそれも仕方無いと思う。まず帯が反則。そしてふゆの春秋氏の表紙も素晴らしい。便所サンダルをここまで高らかに掲げた表紙を自分は他に知らない。

 『便所サンダル女子』とは何者か。裏表紙に書かれたあらすじから引用すると“錦戸枇杷。23歳。無職。夜な夜な便所サンダルをひっかけて“泥棒”を探す日々”とある。帯に書かれた内容はもっと酷い。“錦戸枇杷。23歳。無職。彼氏ナシ。友達ナシ。(かわいそうな人)”
 もうかわいそうな人呼ばわりである。そして年齢と共に強調される『無職』の二文字。大学新卒での就職に失敗し、以後実家に居着いて家事手伝いをしながらだらだらと暮らす枇杷に重くのしかかる無職という肩書き。ニートじゃない所が個人的に気に入った。

 それにしても、この恋愛要素皆無な状況から始まってきちんとボーイミーツガールの物語に落とし込む辺りは流石。そして物語全体の疾走感が心地良い。
 無職、家事手伝い、だらだらした日常というと停滞感があるが、この『便所サンダル女子』はとにかく走る。疾走する。便所サンダルなんてそんなに走り易いものではない。むしろこんなものを履いて全力疾走したらすぐに脱げてしまいそうなイメージがあるのだが、とにかく走る。泥棒を追い掛け、自転車を漕ぎ、追い出された家を背にひた走る。そして行き着いた先で出会う奴が黒いセーラー服を着込んだ女装男だというのが更にキている気がするが、そこでも止まらずにまだ走る。物語の結末まで。そして、この物語が結末を迎えた後も、まだ走っている様な気がする。相変わらず便所サンダルを履いて。止まらずに回転し続ける。ここまで来るとそれはもうロックの世界だ。

 最近、何だか生活が停滞して来たなーと思ったら、ぜひ本作を。準備が無くても、行き当たりばったりでも、ランニングシューズが無くても、人は走り出せる。走り出そうとする気持ちと、精々便所サンダルさえあれば。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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