ひとりでも平気な世界から出て・新潮文庫nex『この部屋で君と』

 

 帯には『気鋭の作家8名によるひとつ屋根の下(ふたりぐらし)アンソロジー。』の文字。「ひとつ屋根の下」をルビで「ふたりぐらし」と読ませる所が作品の内容を分かり易く示していていいなと。
 本作は帯の言葉通り、ルームシェアや男女の同棲、出張先のホテルで同僚と同室に、なんていうものまで、「ひとつ屋根の下で暮らす二人」をテーマに物語が展開される。収録作は下記の通り。(敬称略)

 朝井リョウ 『それでは二人組を作ってください』
 飛鳥井千砂『隣の空も青い』
 越谷オサム『ジャンピングニー』
 坂木司   『女子的生活』
 徳永圭   『鳥かごの中身』
 似鳥鶏   『十八階のよく飛ぶ神様』
 三上延   『月の沙漠を』
 吉川トリコ 『冷やし中華にマヨネーズ』

 アンソロジーの良い所のひとつは、今まで読んだ事のない作家さんの作品を読む機会を得られる事。「これだけ著名作家が並んでいるのにそりゃないでしょ」と言われてしまうかもしれないけれど、自分の場合、いつも言う様に読書傾向が偏っているので、本著は未読の方が多くてちょっとホクホク。作品の内容もバラエティ豊かで読者を飽きさせない。

 本著には面白い所がもうひとつ。それは、各作品の冒頭に、物語の舞台となる部屋の間取り図が挿入されている事。そしてその備考欄にちょっとした遊びがあって、作品の内容とリンクしている事だ。例えば越谷オサム氏の『ジャンピングニー』の間取り図にはこんな備考が書かれている。

 『部屋の奥から玄関までは一直線。助走には最適!』

 しかも「助走には最適!」の下には波線の下線まで引いてある。題名がジャンピングニーで助走には最適と来れば、これはもう部屋の奥のロープ(仮想)に跳んでからの全力ですね! という風に、まずは冒頭の間取り図と備考で作品についての想像を掻き立てられる。これは結構楽しい。作品によって、読み進めるうちに「あの備考はこういう事だったのか!」という種明かしがあるものもあれば、似鳥鶏氏の『十八階のよく飛ぶ神様』の様に『室内に神様が付属しています』なんていう、冒頭から「何じゃそりゃ」的なものもあったりして面白い。

 それにしても、他人とひとつ屋根の下で暮らす事が生む物語性という奴は確かにあるなと思った。それは家族と暮らすというのとはまた違う。男女の関係で言うと、恋愛小説の場合は二人がどうやって彼氏彼女の関係になるか、という部分がクローズアップされる場合が多い様に思うのだけれど、これが一歩進んで同棲という事になると、お互いに「相手に自分の事を良く見せたい」という部分だけではもう成り立たない状況があって、相手の悪い所も知った上での人間関係になるから、それを描く物語も綺麗なだけでは終われない。そこが作品の面白味にも繋がっているなと思う。まあ同棲モノって「ダメ男」が登場する場合が多くて内心忸怩たるものがあるのだけれど。

 部屋っていうのは「自分の頭の中身」に近いものがあると思う。分かり易い部分では本棚にどんな本が並んでいるかとか、インテリアに何を置いているのかとか。また部屋は綺麗に片付いているのか、それとも散らかっているのかとか。そういう細部にはそこに住んでいる人間の性格がどうしても出てしまうし、誰かと一緒に住むという時にはそういう部分をいつまでも隠してはおけない。それはある意味では怖い事で、ここで白状すると自分の中にはそういう事を避けたい気持ちが常にある。そんな人間が自分の頭の中身をこうしてブログに書いているというのもなかなかおかしいのだけれど、ネットの匿名性を借りているから出来ているという部分も多分にある。

 自分の中の臆病な部分。それはBUMP OF CHICKENの『イノセント』の歌詞ではないけれど、『一人で生きていくもんだと 悟った顔 一人でも平気な 世界しか知らない』っていう奴で、いつか実生活の中でも克服しなければならない時が来るのだろう。

 誰かと同じ部屋に住む事は自分の頭の中身、つまりものの考え方とか価値観とか、そういったものが相手のそれと触れ合う事でもある。その中で驚きや発見があったり、自分の中で化学反応の様に新しい価値観が生まれたりもする。当然、隠されていた嫌な面が見えて来て嫌になる事もあるだろう。それも含めて、誰かとひとつ屋根の下で暮らすという事はそれだけで物語性がある。そしてそれは本著にも言える事だ。一冊の文庫本の中に、それぞれの作家の個性が収められている。同じテーマを扱いながら、これだけ違った物語を読む事が出来る。これもまた読者としては興味深い。

 新潮文庫nexは立ち上がったばかりのレーベルだけれど、こうしたアンソロジーも定期的に出してくれると嬉しい。今度はどんなテーマになるか、今から勝手に期待しておこう。

 

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon