10年後の完成形 トム・ジョーンズ:著 舞城王太郎:訳『コールド・スナップ』

 

 舞城王太郎氏が翻訳を手掛けたという事で、気になって読んでみた。何しろあの独特の疾走感溢れる文体に特徴がある舞城氏の事だから、所謂お行儀の良い作品ではあるまい。著者の事は何も知らず、他の翻訳作品も読まず、いきなり本著に手を伸ばした訳だ。そしてそろそろ一冊読み終えようかという段になってから気付く。どうも記憶があやふやだが、自分はこの作品を以前に読んでいる様な気がする。何かが引っかかる感じ。それもその筈で、巻末の柴田元幸氏の解説には、以前舞城氏が『ファウスト』誌上で本短篇集の表題作『コールド・スナップ』を既に訳していた事が記されていた。慌てて本棚から探してみると、確かに『ファウスト Vol.2』に掲載されているのを発見。発行日は平成16年3月19日。おいおい10年前だよ。そりゃ記憶も薄れる。

 表題作『コールド・スナップ』も、10年前の『ファウスト版』と本著ではその訳に変更が加えられている。基本的には本著の方が完成度の高い訳になっていると思うのだけれど、ファウスト版には同じく舞城氏の手による挿絵も添えられているので、お手持ちの方は読み比べてみるのも楽しいかもしれない。

 本著の帯には、同じくトム・ジョーンズ氏の短篇集『拳闘士の休息』を翻訳された岸本佐知子氏のコメントが記されている。『このリズム、息づかい、疾走感。トムとマイジョーは、たぶん魂の双子です。』と。確かに本作からは他の舞城作品にも通じる、ある種の匂いを感じる。

 本作に登場する人々は、一言で言うならろくでなしだ。薬物依存者だったり、犯罪者だったり、向こう見ずな生き方をしている連中ばかり登場する。口を開けば二言目にはファックだマザーファッカーだコックサッカーだとやかましい。「口汚い」という言葉があるが、ここまで来ると逆に清々しい。国会答弁の様な「一見物凄く丁寧な言葉遣いに見えてその実国民を小馬鹿にした様なナメた台詞」の垂れ流しをテレビで見る位だったら、本作を読んだ方が確実にスッキリする。「遺憾の意」よりも「ファック」の方がストレートで綺麗な言葉なんじゃないかとすら思えて来るから不思議だ。

 どうしようもないクズ。今は息をしていても、明日にはどうなっているか全く保証も無い様な生き方をしている連中。アウトローと書くと格好良い風にも聞こえるが、実際はそんなに良いものじゃない。社会の中で普通に生きられない何かしらの理由を抱えている連中ばかりだ。

 自分には間違ってもそんな生き方は出来ないし、したくもないが、不思議と彼等の物語を追い掛けて行くと、そこから何か生命力の様なものを感じる事が出来る。「確かに自分はクズだが、それでもここで、こうしてまだ生きている」とでもいうかの様なしぶとさ。転んでもただでは起きないというよりも、転んで立ち上がれなくなっても、そのまま地面に這いつくばりながらでも生きてやるんだというふてぶてしさ。そうしたものを小説の形にして社会に叩き付けるかの如き作品の数々。読んで勇気付けられるとか、何かタメになるとか、そういうまともな読書体験ではなくて、もっと荒々しい何か。例えば登場人物にムカつくとか、逆に登場人物に感情移入して一緒になってムカつくとか、そういうゴツゴツとした感情の高ぶりがそこにはある。そして、そうした激しさだけではなくて、人間の脆さだったり、優しさだったり、悲哀といったものもその中には含まれている。とても奥深い作品だと思う。

 巻末の柴田元幸氏の解説でも明かされる通り、舞城氏はトム・ジョーンズ氏の第3作品集の訳も今後予定しているという事なので、こちらも楽しみにしている。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon