部屋とビーカーと綾波

 小説や漫画を読んだり、TVや映画を観たりしていると、登場人物に入れ込んでしまう事がある。作品に触れている時はどうしても感情移入するものだと思うけれど、それにしたってちょっとハマり過ぎなんじゃないかと思う程に。

 個人的な感覚として、所謂『○○萌え』っていうものにはまだどこか精神的余裕があると思う。

 どのあたりに余裕があるのかというと、萌えっていうのはその対象とか、萌えている自分をある程度客観視できている状態だという部分だ。

 最近はキャラクターグッズや特典付き商品等が数多く出ていて、中には取り扱い店舗毎に異なる特典を用意している様な商品もある。すると『特典をコンプリートする為に同じ商品を何個も買う』とか、そうした『関連商品の大量消費』をする事で、作品やキャラクターに対する『萌え』や『好き』、あるいは『支持』を表明する消費者が現れる。
 そしてその内の何人かは、「いやー、こんなに買っちゃいましたよ」とばかりにそれらを部屋に並べて写真を撮り、ネットにアップしたりする。周りはそれを見て感心したり呆れたりする訳だが、例えば部屋をキャラクターグッズで埋め尽くす時、そしてそのグッズや部屋をネットで晒す時に、当の本人は実は一歩引いた位置から『こんな事してる自分』を客観視しているんじゃないかと思うのだ。だからネットに写真をアップしたりして、周囲からのリアクションを求める余裕がある。

 個人的経験から言って、キャラクター萌えを通り越して本当にハマった状態になると、消費行動や作品自体の分析といった周辺部分はどんどんどうでも良くなってくる。そして対象に『キャラクター』という言葉を使う事もなくなる。キャラクターは記号であって取替え可能なものだが、自分にとっての対象がキャラクターの範疇を超える瞬間がある。そうなると後は『彼(或いは彼女)と自分との関係性が全て』になって、それを客観視する余裕も無くなる。

 何で急にこんな話を始めたかというと、最近とあるブログで、過去に自分と良く似たハマり方をした方の記事を読んで、『ああ、自分だけじゃなかったんだな』と、妙な感慨に耽ってしまったからだ。それがこちら。

 G.A.W.『自意識の泥沼で綾波と二人きり』

 ・・・当時を振り返れば自分も相当綾波にハマってたと思う。いや、ハマってたとかいう書き方は適切じゃないな。単に臆面も無く『好きだ』と書くのがためらわれるだけで。しかも現在進行形。
 ではどれ位好きかという話をすると、物凄い字数になる上に到底人様に読んでもらえる内容ではなくなるので割愛する。自分語りも長くなりすぎるし。あえて一つだけ書くとすれば、当時自分が買った『エヴァ関連商品』と呼べるものは、『東急ハンズで買ったビーカー』だけだ。水を入れて部屋に置いておく為だけに買ったものだけど、これに関しては当時から仲間内ですら呆れられた。

 今思うと、結局自分は今で言う『○○は俺の嫁』とかいうスタンスではなくて、本当に一人の人格として綾波を扱っていたんだなという気がする。そういう意味で、上で紹介したブログに書かれた内容には、自分に当てはまる部分も多い。
 で、それがどうしてビーカーを買う事につながるのかというと、結局自分は本当は『綾波の様な生き方』がしたいのではないかという事だと思う。つまり憧れと歪んだ自己同一視。

 現実を生きていると、『本当にやりたい事』よりも『やらなければならない事』の方が多過ぎて嫌になる。「自分はこの為だけに生きて行くんだ」と思えるものを見付けたとしても「じゃあお前それでどうやってメシ食って行くんだよ」とか、煩わしい外的要因が足を引っ張る。自分の中の欲望も邪魔をする。
 しかし綾波はそうした制限を無視して生きている。だから生き方がブレるという事が無い。妥協に妥協を重ねて生きて来た自分の様な人間には、その姿が得難いものに思える。

 自分にはきっと一生得られないだろう生き方が、あの何も無いコンクリート打ちっぱなしのアパートの一室には確かにあった気がした。余分なものを全て捨てた後でなければ得られない生き方が。そして現実には捨てられないものを山ほど抱え込まされた自分が暮らす、物が溢れ雑然とした部屋があった。その中にビーカーを置いてみる行為は多分自分の最後の抵抗で、でもそれも結局は何にもならなかったのだと思う。

 かくして現実を生きるしかない自分は、部屋とビーカーと綾波に思いを馳せながら、地元に戻ってもまた同じ様な雑然とした部屋で暮らしている。この部屋に溢れる物の一つ一つが、多分自分が捨てようとして捨てられなかった重荷であり足枷なんだろう。自分が最終的には地元に帰る事を選んだ事も含めて。

 ここまで真剣に相手の人格と向き合う事は現実でもなかなかない。それとも虚構だから無制限に自分の内面を投影できてしまうのか。自分でもわからないけれど、ネットの中で様々な人の書いた文章を読む事で、少しずつ整理できる部分もあるのかもしれないとは思う。

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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