変身願望の充足を求めて・時雨沢恵一『ソードアート・オンライン オルタナティブ ガンゲイル・オンライン (1) ―スクワッド・ジャム―』

 

 それにしてもタイトル長いな……。
 という訳で、自他ともに認めるガンマニアである時雨沢恵一氏が描く、『ソードアート・オンライン(以下SAO)』のスピンオフ作品。自分は川原礫氏の原作を一切読んでいないので、両者の比較は出来ないのだけれど、まあ作品の内容からして今回は時雨沢氏の趣味が前面に出ている作品だと思う。VRMMOものである割に、実在する銃器が多数登場する辺り、ガンマニアが半分趣味で書いた作品だなと。作者本人が楽しそうで何より。

 そもそも時雨沢恵一というペンネームが銃器メーカーの『SIG SAUER』から来ているというのは有名な話だけれど、とかく世間から誤解され易いガンマニアという人種について語るならば、彼等は別に全米ライフル協会の様に国民が武装する権利を主張している訳でもないし、迷彩服を着てサバイバルゲームに興じているからといって戦争を肯定している訳でもない。少なくとも日本国内では。まあガンマニアと言っても皆がサバイバルゲーマーとは限らない訳だけれど、世間一般から見ればガンマニアも軍事マニアもサバイバルゲーマーも同じ様に見られている事だろうとは思う。

 こんな事を書くと怒られそうではあるけれど、自分が持っているガンマニアのイメージは「ブルース・リーの映画を観た後で思わずヌンチャクとか買ってその気になっちゃう人」に近い。別にブルース・リーじゃなくても、「ダーティハリーを観た後でその気になってS&W M29(のトイガン)を買ってその気になっちゃう人」でもいいけれど。ちょっと前だと『24 -TWENTY FOUR-』のジャック・バウアーになりきってUSPコンパクトを買った人もいたかもしれないが、いずれにせよ良い意味で子供っぽい部分を色濃く残しているというか。だから日本に住んでいる限り絶対に役立つ日は来ないであろう実銃に関する知識を無駄に深めてしまったり、そのウンチクを得意気に語ってしまったり、アクション映画やゲーム、漫画や小説の影響で思わずトイガンを買ってしまう心理は分かる。というか自分の家にもそんなノリで買ってしまったトイガンがある。そして時雨沢氏のレベルまで行くと、そのガンマニアとしての知識を活かして自分の作品を執筆したり、アニメ版SAOの銃器監修をやったりしてしまう訳だ。ガンマニア恐るべし。

 今の日本のトイガン事情はというと、昔に比べれば随分オープンになって来たというか、色々なアイテムが手に入り易くなっていると思う。サバイバルゲームも今再ブームが来ているという話も聞くし、ガンマニアにとっても軍事マニアにとっても良い時代という奴だ。極端な話、金に糸目を付けず、労力を惜しまなければ、実銃の所持が銃刀法で厳しく制限されているこの日本でも限りなく本物に近い玩具を所持する事が出来る様になっている。実弾を発射しない玩具の銃器に実物のライフルストックやハンドガードを組み込み、本物のスコープやダットサイトを装着し、フラッシュライトやレーザーサイトを搭載して「実弾が発射できない以外はほぼ実物」というアサルトライフルを所持し、米軍の特殊部隊が使用しているものと同じ装備で全身をコーディネートすれば「見た目と気分だけはアメリカ海兵隊」みたいな事も出来る。そんなバカな、と思うかもしれないが、実際そうやって一種のコスプレを楽しんでいる人も確かに存在する。それは一種の変身願望なのかもしれない。

 SAOの様なVRMMOものには、この変身願望がよりダイレクトな形で現れていると思う。現実の自分では不可能な事もゲーム内では出来るし、本作の主人公、小比類巻香蓮が183cmの長身コンプレックスのあまりゲーム内では身長150cmにも満たないちびキャラを使っていたりする様に、現実には絶対に実現不可能な理想の自分像を追い求める事も出来る。変身願望の充足という点で、VRMMOものというジャンルとガンマニアの心理、或いは鏡の前でヌンチャクを構えてブルース・リーになりきってしまう子供っぽさとは親和性が高い。そして当然、それらはライトノベルというジャンルやその読者層にも非常に良く馴染む。

 違う自分を『演じる』のではなく、違う自分に『なりきる』事を可能にするVRMMOがもし実現すれば、自分はどんな理想像を求めるだろう。強さだろうか。見た目の良さだろうか。或いはもっと別の何かかもしれない。いずれにしてもまだ自分達の世界は、自分達が抱く子供じみた変身願望をVRMMOの様に完璧に叶える手段を持たない。ならばどうするか、という所で、自分は部屋の片隅に置いてあるトイガンを手に取って苦笑する。仮にこれが本物であっても、自分はアクション映画の主人公の様にはなれそうもない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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