生きた信仰から滲み出るもの ネイサン・イングランダー:著 小竹由美子:訳『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』

 

 最近、各種報道を見ていて気になっているニュースに、『イスラム国』(以下IS)の台頭がある。
 自分は大学時代、主に仏教について学ぶ機会を得た。その中でユダヤ教、キリスト教、イスラム教等についても仏教との比較対象としての概論的知識をご教授頂いたのだが、そうした経歴を持つ人間としては、やはり信仰の問題が国家間、或いは民族間の対立を産む一因となっている現状を残念に思う。もちろんISの台頭を引き起こしているのは宗教問題だけではなく、経済問題やナショナリズム等が絡み合う複雑な要因によるものだが、一神教の教義に馴染みがなく、自称無神論者も多いであろう日本人にとって理解し難い宗教問題について、そろそろ重い腰を上げて真剣に考えてみる事が必要な時期かとも思う。

 少し前に、池上彰、佐藤優両氏の対談による『新・戦争論 僕らのインテリジェンスの磨き方』という本を読んでいて、その中でもISの問題について触れられていたのだけれど、これらの宗教問題について日本人の理解が追い付かない原因の一つには『日常生活と信仰との乖離』がある様に思う。

 新年を迎え、神社に初詣に行った方も多いと思うが、現代では多くの日本人にとって神道と日々の暮らしはそこまで密接な関わりを持たない。初詣に行く。安全祈願や商売繁盛の為に祈祷をしてもらう。神前結婚式を行う等のイベントがなければ、その教義や作法を意識する事は少ない筈だし、神棚がない家に住んでいる方も多いだろう。その点では仏教もまた同じ様な状況にあって、葬儀や法要が無ければ寺に足を運ぶ機会はないかもしれない。『葬式仏教』というあまり褒められたものではない呼び名もあるが、自分達日本人の暮らしの中で、信仰や教義というものが意識されていない現状をよく表しているとも言える。『困った時の神頼み』という言葉はよく聞くが、逆に言えば『困らない限りはお呼びでない』と思っている方も多かろう。そんな日本人が、厳格な戒律によって信者の日常生活のあり方までをも規定する一神教の教義を理解する事には、やはり一定の努力が、そしてその助けとなる知識を提供してくれるものが必要となる。

 『新・戦争論』も、本著『アンネ・フランクについて語るときに僕たちの語ること』も、一神教の戒律を厳格に守って生きる人々が持つ、日本人には理解し難い側面について知る為の一助となる良著だと思う。

 ユダヤ人にとって、信仰と歴史、その中でもとりわけホロコーストの記憶がどんな意味を持つのか。『アンネの日記』で知られるアンネ・フランクはホロコーストという歴史的な悲劇について自分達が語る時に必ず引き合いに出される存在だが、ユダヤ教を信仰し、ユダヤ人としての歴史を生きて来た人々が「アンネ・フランクについて語るときに語ること」は、自分達の様な、言ってみれば『外野』が彼女について表面的に語る事、有り体に言えば悲劇の象徴としてアンネ・フランクを引き合いに出す事とはやはり異なる意味を持つ。

 「もしも今またホロコーストが起きたとして、誰が自分を匿ってくれるだろうか?」

 『アンネ・フランク・ゲーム』と呼ばれる思考実験。それは『ゲーム』とは言うものの、ユダヤ人にとっては重い意味を持つ。もちろん、日本人である自分が同じ想像をする事は出来る。何かのきっかけで日本人大量虐殺が起きたとして、非日本人である誰が自分を匿ってくれるだろうか。仮に目の前の人物が非日本人だとして、彼、或いは彼女は本人や家族の身を危険に晒してまで自分を匿ってくれるだろうか。そんな事を考える事は誰でも出来る。しかし、ユダヤの人々にとって、それはもっと切実な意味を持つのだろう。本作が生まれた背景には、ユダヤ人の歴史があり、ユダヤ教の教義と戒律があり、今現在に到るまでその中で生きている人々だけが持つ生々しい手触りの様なものがある。そこには未だ形骸化していない生きた信仰があり、彼等の生活のあり方を規定し、彼等が生み出す文化や政治にも多大な影響を与えている。

 一神教の戒律を厳格に守って生きる人々。またそれとは対照的に、信仰から距離を置いて異文化の中に身を置く事を選ぶ人々。原理主義を唱える人々と、その中でも更に過激派となって行く人々。ユダヤ教でも、キリスト教でも、イスラム教でも様々な人々がいる。信仰の違いは更に宗派の違いに分かれ、国家や人種の違いから来る歴史的な対立の構図が加わり、外野である自分達にはそれらの絡んだ糸を解きほぐす事も、その全容を理解する事も難しい。しかしながら、異なる信仰、異なる文化、異なる人種に対する寛容さを失わない為には、それがどんなに困難であっても相手を理解する事から始めなければならない。

 ISの問題は中東で起きている事で、自分達の生活からは遠く離れた世界の出来事に思える。しかし、日本の安全保障について考える上で、宗教対立について無知である事は危険だし、日本が抱える周辺諸国との外交問題や、アメリカとの付き合い方をどうして行くかという問題についても実はその問題の裏には宗教問題があったりする。それらを解決する為に、生きた信仰について知る事、そこから生まれてくる文化に触れておく事は重要だ。それは直接的な問題解決には繋がらない様に思えるかもしれないが、その理解なくして平和的な問題解決は望めない。本作を読んで、その思いは一層強くなった様に思う。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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