ISILとは異なる平和的カリフ制について考える 内田樹・中田考『一神教と国家 イスラーム、キリスト教、ユダヤ教』

 

 前回、『イスラム国 テロリストが国家をつくる時』の感想を書いてからしばらく間が開いたが、その間に後藤健二氏は殺害され、人質解放交渉の中で名前が挙がっていたヨルダン軍パイロットもまた殺害される等、イスラム国に関する報道は凄惨を極めた。また、この『イスラム国』という呼称についても、他のイスラム諸国やイスラム教徒から「まるで彼等が正当な国家であるかの様な誤解を与える」「一般のイスラム教徒が、彼等イスラム原理主義過激派と同一視される恐れがある」との抗議が寄せられた。その為NHKは今後、この武装集団の呼称を『過激派組織IS(=イスラミックステート)』とするという発表を行った。まあこれだと『イスラム国』を英語に戻しただけなのだが。他にも、例えば国会答弁では『ISIL(アイシル)』等の呼称が用いられている。いずれにしても、かの武装勢力を一般的なイスラム教徒と区別し、正当な国家としても認めないという姿勢を明確にして行こうという事なのだろう。よって本ブログでも、今後『(自称)イスラム国』については政府が用いている『ISIL』に表記を統一する事とした。

 さて、ISILが行った人質の処刑について国内外でも非難の声が高まっているが、では彼等と、一般のイスラム教徒がどう違うのかという事について、自分達の理解度は決して高いとは言えない。彼等の呼称を『(自称)イスラム国』から『過激派組織IS』や『ISIL』に変えただけでは不十分なのであって、この問題について考えるには一般的なイスラム教についての知識を深める必要がある。
 NHKの報道によれば、ISILによる人質殺害事件以降、日本国内のモスク見学ツアーに参加申込する方が以前の2倍に増えているそうで、実際に自分でモスクに足を運び、イスラムの教えについて知る事で、ISILがもたらす負の先入観無くイスラム教の実像を知ろうとする方が出て来たという事は、数少ない明るいニュースだと思う。そんな中で、ISILではなく、イスラム教そのものについての知識を得る事が出来る書籍に対するニーズも増えているのではなかろうか。

 本著は対談本であり、一方の著者である中田考氏といえば邦人人質事件の際、ISIL側と連絡を取り合っていた事でも有名になった、あの顎鬚を伸ばした風貌の元教授である。この本が出版されたのは2014年2月14日との事で、邦人殺害等、ISILについて最新の情報を反映したものではないのだが、その事がかえって本著をイスラム概論として読み易いものにしており、対談本という形式も相まって、難読という印象は無い。本著以外にもイスラム教についての書籍は山程刊行されているが、論文を書籍にまとめ直したもの等は論文を読み慣れていない一般の読者にとっては非常に硬い印象で、自分も何冊か読んでみたのだが、正直読み難いものが多い。対談という形式上、既にイスラムに関する造詣が深い読者からすると「内容が薄い」という感想を持たれるかもしれないが、自分の様な人間がイスラム入門編として手に取るには、この位の読み易さがむしろありがたいと思う。

 本著において中田氏は奇しくもISILが主張している『カリフ制』を復活させる事がイスラム世界にとって望ましい方向性であると主張している。ISILと連絡を取り合っていたという報道の後では単純にISIL支持とも取れる内容だが、本著を読む限り、中田氏の考え方ではカリフは『誰がなるかということより、皆のコンセンサスによって選出するというプロセスの方が大事』との事であり、ISILのバグダディが行った様に、武力と資金力を背景としてカリフを自称するという行為はイスラム世界の発展にとって決して望ましいものではない、という事になりそうだ。現に中田氏はカリフ制の復活を目指すにあたり、『まずはEUのようなかたちを目ざすのが平和的なシナリオだと思います』と述べ、まずは既存のイスラム国家間で国境の自由化と通貨の統一を行い、連邦制を経た後、本格的なカリフ制の復活による統合を目指そうという流れだ。それは現在、特にアメリカが主導するグローバリゼーションに対し、イスラム世界が共同して一定の歯止めとして機能する事を期待してもいる。

 グローバルスタンダードという言葉が独り歩きを始めているが、それを主導しているのは主にアメリカであって、その目指す所は世界のフラット化、単一市場化なのではないかと本著は危惧する。異なる価値観を持って生きようとする人々にとって、アメリカが掲げる価値観を受け入れるか否かを迫られる事は当然軋轢を生じる訳だが、その対抗策として、これに抗し得る勢力としてのカリフ制イスラム共同体の成立を求めるというのは合理的ではあると思う。問題はやはりその成立過程で、ISILの様な勢力が台頭する事によってイスラム全体やカリフ制そのものが危険視され、敵視される事だ。それはイスラム世界の平和的発展にとって、むしろマイナスになる。

 「イスラム教は本来寛容な宗教であり、一般のイスラム教徒は平和を求めている」というのは多くのイスラム法学者が述べている所ではあるが、仮にISILが排除されたとして、それに代わる統治を誰がどの様に行うのか。どうやら中東の安定化のキモは、その辺りにありそうだ。

 

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