兵士である前に、ひとりの人間として クリス・カイル:著 田口俊樹・他:訳『アメリカン・スナイパー』

 

 クリント・イーストウッド監督作品として映画化され注目を集める、元・米海軍特殊部隊SEAL所属のスナイパー、クリス・カイル氏の自伝。本著では直接触れられていないものの、その後著者のクリス氏がPTSDを患うとされる元海兵隊員にテキサスの射撃場で射殺されるという悲劇が起こり、そのニュースは当時全米を揺るがせたという。(映画公開後、この事件に対する判決が下され、被告には終身刑が言い渡された)

 イラク戦争と、その後のISILの台頭等、中東情勢は今もまだ混迷を極めているが、実際に派兵された兵士の生の声に耳を傾ける事は、戦争というものの実情を知る上で重要だと思う。以前にも、イラク戦争に派兵されたものの、最終的には軍務に対する懐疑から脱走兵となったジョシュア・キー氏の『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』や、ブライアン・キャストナー氏の『ロングウォーク 爆発物処理班のイラク戦争とその後』等、このブログではイラク戦争について兵士達が語った本を何冊か取り上げて来た。フィクションでも、リー・カーペンター氏の『11日間』等、戦争について書かれた本を読んだ上での感想を何度か書いている。

 自分がこれらの本を積極的に読む理由のひとつに、日本に住んでいては知り得ない戦争の実情というものについての理解を深めたいというものがある。実際に戦争に行った者達の声は貴重だ。しかし、中には矛盾する記述もある。それぞれの主義主張や立場の相違もあるだろう。例えばこんな風に。


“私たちが戦っていた敵は、凶暴で武装していた。たった一軒の家から、マシンガンやスナイパーライフルなど、二〇挺以上の銃のほかに手製のロケット砲台と迫撃砲台が見つかった。
 長い区画のなかのたった一軒の家の話だ。なかなかしゃれた家で、実際、エアコンや豪華なシャンデリアや西洋の家具があった。そこで午後の休憩をしたが、とても快適だった。
 その家屋を注意深く調べると、武器はすぐに見つかった。海兵隊がなかに入るとグレネードランチャーは食器棚に立てかけてあり、ロケット弾は棚の下のティーカップの横に積み重ねてあった。別の家では、ダイビング用のボンベが見つかった。その家にいた反政府武装勢力は、密かに川を渡って攻撃していたようだ。”
 (『アメリカン・スナイパー』より引用)


“われわれは家宅捜索を続けた。武器も禁制品もないということが明らかになっていくにつれ、ますます家中を荒らし回った。ドレッサーをひっくり返し、ナイフでマットレスを切り裂き、ドアをけ飛ばして部屋を出入りし、2階の3つの寝室を襲い、さらに3階に駆けのぼった。テロリストか胸くそ悪い武器が隠されているだろうか。いや、そこはただの踊り場だった。そこからは洗濯したり洗濯物を干したりする屋上へ行けるようになっていた。
 禁制品、武器、テロリストがいた証拠、大量破壊兵器の痕跡といったものを探して、ひっくり返せるものはすべてひっくり返し、手当たり次第に家具を壊した。しかし、見つかったのは、1枚のCDだけだった。兵士たちははじめのうち、テロ活動の証拠だと言っていたが、結局サダム・フセインの演説がいくつか入っていただけだった。”
 (『イラク 米軍脱走兵、真実の告発』より引用)


 自分は誰の言い分が正しいかという判断はひとまず脇に置いて、まずはそれぞれの目から見た戦争というものを感じ取りたいと思う。100人の兵士がいれば、彼等にはそれぞれが感じ取った、それぞれの戦争の記憶があるのだろうと思うから。

 日本は、戦争から、そして戦場から遠く離れている。島国という事もあり、海外から伝わって来る報道はどこか他人事の様だ。ISILに邦人が拉致され、殺害された後も、基本的にその空気は変わっていないのではなかろうか。彼等の身に起こった事は自己責任の範疇であり、自分達一般の日本人には何ら関係ない事だと言わんばかりだ。しかし、本著が語る様に、戦場に派兵されている兵士とその家族にとって、戦争とは正に自分達の問題であり、その中でどう生きて行くかという事を絶えず問われ続ける事になる。

 日本でも憲法改正や平和憲法の解釈変更の議論がある。自衛隊の海外派遣について、これまでの時限立法ではなく、恒久法とするべきとの意見も聞かれる様になって来た。そんな中で、自分達は戦争そのものについて議論するだけではなく、その戦争に派遣される者達について、もっと考えなければならない事がある様に思う。特に隊員のPTSDや社会復帰の問題については、数々の海外派遣実績を持つアメリカですらまだ十分な対応が取れているとは言えない。日本が、いわゆる積極的平和主義の理念に則って自衛隊の海外派遣をこれまで以上に推進し、その活動範囲を広げ、活動内容も後方支援に留まらないものにして行こうとするならば、いつかどこかで、今アメリカが直面している問題とも向き合う事になるだろうから。

 国民の生命、財産を守る事は国家の役目だが、個々の兵士もその『国民』の中に含まれている。彼等は兵員数や戦力として数値化されるだけの存在ではなく、ひとりひとりが父であり、母であり、子であり、家族にとってかけがえの無い存在だ。本著を記したクリスが妻であるタヤと子供達にとってかけがえの無い夫であり、父親であった様に。その事を踏まえた議論を、自分達はしているのか。その事を受け止めているのか。自分は本著を読んで、戦争問題を論じる時の自分達の姿勢が問われているのだと思った。

 

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ジャンル : 本・雑誌

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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