自分達は、どんな『母』になるのだろうか・倉田タカシ『母になる、石の礫で』



 3Dプリンタが驚異的進歩を遂げ、生命体=人間を含めたあらゆるものを直接出力可能になった未来。禁じられた実験に手を染める為に地球を脱出した科学者達は、火星と木星の間の小惑星帯にコロニーを建設し、<始祖>と呼ばれる存在となっていた。<始祖>によって生み出された<二世>と呼ばれる新人類は、高度化した3Dプリンタによって『出力』された存在であり、当初は創造主である<始祖>達の管理下に置かれていたが、仲間の死をきっかけに離反し、コロニーを離れて自らの<巣>を建設するに至る。<始祖>達の傲慢に対する<二世>達の反感は根深く、対話も交流も無いまま7年が過ぎたが、地球=母星が小惑星帯への侵攻を開始した事で、事態は急展開する。生存の為に彼等が選ぶ道はどんなものなのか。そして、その主導権を握るのは誰か……。

 人間ですら『出力』可能な3Dプリンタが生まれ、それが『母』と呼ばれる世界観は衝撃的だ。そこでは男女の性差にかかわらず、全ての人間が『母』として何かを、また何者かを生み出す事が出来る。毎日の食事、巨大なコロニーや惑星間航行能力を持つ宇宙船、そして人間までもが、『母』によって出力される世界で、人間は、そして自分は、何を生み出す『母』となり得るのか。

 以前、大学時代の先生と3Dプリンタの可能性について話した事がある。絵画では『模写』と呼ばれるが、彫刻の世界には『模刻』と呼ばれる行為がある。それは文字通り手本となる彫刻を模して作る事を指すのだけれど、近年行われている試みとして、例えば国宝に相当する様な貴重な文化財をレーザー測定し、取得した3Dデータを手元の画面で参照しながら模刻を行うというものがある。国宝それ自体に手を触れたり、動かしたりする事は容易ではないが、データ化したものを画面上で参照するならば、あらゆる角度から手本を眺める事も出来るし、拡大縮小も自在に出来る。正面や真横から撮影された写真を手がかりにするしかなかった頃からすれば、格段の進歩と言えなくもない。
 ここで、自分は思う。3Dデータがあるのなら、それを3Dプリンタにかければ手本となる彫刻それ自体を出力する事が可能なのではないか。画面上のデータではなく、手で触れる事が出来る教材としての複製品が出力可能であるなら、面白い事になるのではないか、と。

 結論から言うと、3Dプリンタで彫刻を出力する試みは既に行われていたそうだ。しかし、元となる3Dデータの精度と、現状の3Dプリンタの出力精度では、まだ彫刻の作品性を損なわないレベルでの完全な模倣は作れない、という事らしい。積層された樹脂によって表面に生まれる段差は、解像度の低い画像の様に粗さとなって本来の彫刻が持っている面構成を読み取れなくしてしまうのだろう。ただ、今後の技術革新によって、例えば木彫の表面に残るノミ跡までも精緻に読み取り、3Dプリンタで出力する事が出来る様になったとしたら、状況は大きく変わるかもしれない。本物を見る事は依然として重要だとしても、例えば学生が博物館や美術館に作品を見に行くのとは逆に、3Dプリンタという『門』を通じて「教室に国宝が来る」様な体験が可能になるかもしれない。今は全て可能性の話だけれど。

 人間ですら『出力』可能となった3Dプリンタ=『母』を手に入れた時、人間はそれを使って何を『産む』のだろう。どんな『母』となる事を志向するのだろう。何を産ませる事も出来る。何を産む事も出来る。全ての人間が『母』となる事が出来る。しかしその可能性から生まれてくるのは、当然プラスの面だけではない。作中でも語られる様に、『母』は兵器を産む事も出来る。それは間接的に、兵器=力から生じる闘争=死を産む事を意味する。「死を産む母」という言葉が現実のものとなる時、人間が常に理性的に行動出来るかどうかの確証は無い。

 日本でも既に「3Dプリンタで殺傷能力を有する弾丸が発射可能な拳銃を出力した」として逮捕者が出ている。一方で、医療分野で3Dプリンタを活用しようという試みも進んでいる。今はまだSFの様にあらゆるものを出力する所までは行かないが、技術は日々進化して行く。それがSFに追い付いた時、はたして自分達の理性や、哲学や、倫理は、技術の進歩と同様に進化する事が出来ているのだろうか。

 自分もまた『母』になる時が来るのだとしたら、その時自分は何を産もうとするのだろう。この世界に、何を『仔』として遺そうとするのだろう。まだ親にもなっていない自分には、その問いに対する答えが見付からない。ただ、願わくばそれが、希望につながるものであって欲しいとは思う。どんな形であれ。どんな仔であれ。

 

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