生きている事を、投げ出さない為に・入間人間『おともだちロボ チョコ』

 

 「巨大人型ロボットに乗って、人類の脅威である怪獣と戦う」という最早何度繰り返されたかわからないジャンルの物語を入間人間氏が書くとこうなるのか、という独特の『入間感』みたいなものを漂わせる作品だと思う。怪獣襲来の原因や目的、或いは、人類はこの危機を生き残れるのか、といった従来のロボットものならメインテーマにされるだろう要素は割と投げっぱなされていて、最後まで読み終えても答えが明示されない設定や、回収されない伏線の様な情報の断片が所々に放置されていたりもする。まあ、入間氏の興味は普通のロボットものを書く事にはないのだろう。物語の焦点は、この世界観の中で登場人物達が何を考え、どう行動するのかという部分にあり、それ以外の要素は意図的に無視されている様に感じる。

 巨大怪獣の襲来によって生存を脅かされた人類は、火星に新天地を求めて地球を脱出した。もちろん人類全てではなく、試験に合格し「比較的優秀である」とされた人々だけだ。試験に落ちた者、或いは火星に「逃げる」事を良しとしなかった者は地球に残り、怪獣達が火星に向かわない様に抵抗を続ける事になる。人類が生存する為の囮役。それは言い換えれば『捨て石』であり『撒き餌』という事だ。

 『おともだちロボ チョコ』という題名からはちょっと想像出来ない位、本作で人類が置かれている状況は厳しい。恐らく同じ設定で別の作者が物語を書けば、もっと悲壮感漂う作品になっているだろうと思う。何せ地球に居残った人々はある意味で全員が『負け組』であり、仮に火星のテラフォーミングが成功したとしても、新天地に招かれる事は無いのだから。楽園行きの切符は全ての人に与えられる程の数はない。椅子取りゲームに負けた者に、未来を語れる程の希望は与えられていない。それでも、『負け組』であっても、その事実を受け止めた上で、人は生き続けなければならない。願わくば、前を向いて。

 『勝ち組』『負け組』といった言葉が広く一般に使われる様になり、自分は勝ち組なのか負け組なのか、相手は自分と比較して格上なのか格下なのかという事がやたらと気にされだしたのはいつ頃だっただろうか。「ナンバーワンよりオンリーワン」「みんなちがって、みんないい」の様な耳触りの良い言葉が共感を呼ぶ一方で、社会は厳然たる事実として競争を求める。競争があれば勝者と敗者が生まれるのは必然であり、両者の間には様々な格差が生じる。今更説明するまでもない事だけれど。

 みんなより良く生きたいと願っている。幸福の指標=金ではないにしろ、金が無くて困るよりはあった方が良いに決まっているし、ワーキングプアと言われる様な重労働、低賃金の生活を続けるよりは、金銭的にも労働時間的にもゆとりのある暮らしがしたいだろう。また金銭的な問題以外にも、夢を叶えられるかどうかといった、自己実現の欲求も人間にはある。夢は叶わないより叶った方が良いに決まっているが、その席は夢を抱く人間全てに用意されている訳ではない。みんなが宇宙飛行士にはなれない様に。火星行きの切符が、全ての人に与えられるものではない様に。

 自分自身が己のあり方をどう規定するかという部分を一度脇に置いて、第三者が客観的に見た時に、自分は勝ち組なのか負け組なのかと言えば、まず間違いなく負け組に分類されるのだろうなという気はする。子供の頃に抱いていた夢はどれも形にならなかったし、他人と比較して、胸を張って自分の方が優れていると言える様な長所も持ち合わせてはいない。今日明日食うに困る程ではないが、裕福かと言われればそれも違うだろう。平凡な、地方に住んでいる勤め人なりの暮らしだと思う。そんな暮らし振りもまた、自分が競争の中で知らず知らずに『勝ち得た』ものなのかもしれないけれど、名前も知らない誰かに『勝った』実感なんてない。負けた記憶は数知れないけれどね。

 そういう立場から本作を読む時に思うのは、『負け組』と呼ばれる立場の自分達が、自分が負け組である事を自覚しつつ、それでも腐らずに、生きる事を投げ出さずに、最低限の希望を失わずに生きて行く為に何が必要なのかという事だ。それが分かるならこっちが教えてもらいたい位の話だが、本作を読むと、少なくとも2つの答えが示されている気がする。

 ひとつは、自分の中に『矜持』を持つ事だと思う。自分以外の誰かに負け組と呼ばれようと、自分自身が自分の事を負け組だと自覚しようと、その中で持つべき矜持はある。自分が本当の意味で『堕する』事を食い止めているものは、案外そんな、虚勢の様な、自分自身ですら信じてやれるかどうか怪しい矜持を失わない事なのではないかと思うのだ。

 生きている事は、生きて行く事は、正直面倒で荷が重い。投げ出したくなるし、責任を自分以外の誰かになすり付けたくなる。前向きになる事よりも、うなだれて不平不満をこぼしている方が楽だ。誰かを認める事よりも、否定の言葉を投げ付ける方が楽で、そうすると束の間気が晴れる。競争に勝とうとする事よりも、今の自分より下にいる誰かを見付けて見下す事で優越感に浸る方が楽だ。楽だから、ついやってしまう。居心地が良い方を選んでしまう。自分もそうなんだろうと思う。ただ、それを自分自身に許さない矜持を持てるかどうか。虚勢を張り続けられるかどうか。それは自分自身にかかっている。

 そしてもうひとつは、他者からの肯定だ。仮に機械の口から発せられる、誰かに言わされているだけとしか思えない祝福であっても、自分以外の誰かから肯定される事。認められる事。それを偽薬だと薄々感付いていても、信じて受け入れる事。そしてできるなら、自分からも誰かに、同じ様な肯定の言葉を発する事。それは言う程簡単ではないかもしれないけれどね。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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