公益の為の献身に応えるという義務 デイヴィッド・フィンケル:著 古屋美登里:訳『帰還兵はなぜ自殺するのか』

 

 ゴールデンウィークも最終日。皆さんそれぞれ連休を有意義に過ごした事と思う。もっとも、サービス業の方などは「連休? 何それ?」状態であっただろうし、自分の友人にも暦通りの休みが取れない職種の人間がいるから、休みなく働いている方々には本当に頭が下がる。自分も昔はそうだったけれど。

 さて、仕事というのは基本的に自分の為にするものであって、働いて稼ぎを得て、日々暮らして行く為に必要な行為だ。でも、単に自分と家族の為に稼がねばならないという以外に、自分達が働くのはこの社会を成り立たせる為でもあって、皆がそれぞれ自分の持ち場で仕事に取り組む事は一種の公共性を持っているとも言える。政治家や公務員だけが公共性のある仕事をしている訳ではない。例えば農家が作った野菜は、運送業で働いている誰かの手によって市場や商店まで運ばれて来るから、末端にいる消費者である自分達がお金を払って買う事が出来る。本来はもっとたくさんの業種が途中に入っているけれど、ざっくり分けただけでもたくさんの人達の仕事が、自分達の食生活を支えている事が分かる。その途中で誰かが役割を果たせなくなれば、自分達が当たり前に享受している日々の生活は破綻する。

 誰もが「誰かの為に」「公の為に」と思って仕事をしている訳ではない。でも、自分の為にしている仕事は、結局分かち難く公共性を有していて、誰かの暮らしと関係している。ただ、その中でも『兵士』という職業は、他のそれと違って、より公に対する献身を求められる仕事ではなかろうか。兵士自身にとっても、その家族にとっても。

 5月3日は、憲法記念日だった。多くの人にとってそれは暦の上で連休初日の日曜日であり、単純に「カレンダーの日付が赤い日」という程度の受け止め方をされているとは思うのだけれど、近年、改憲派と護憲派は主に憲法9条をどうするかで議論をしている。集団的自衛権の行使についてどうするのか、米国との同盟関係や、自衛隊の海外派遣を含めた国際協力のあり方についてはどう考えるか。それらの諸問題については、もっと議論が必要になるだろうし、その議論の為の材料として、本著で語られる様な帰還兵達の問題は、もっと知られなければならないと思う。

 『帰還兵はなぜ自殺するのか』という邦題(原題については後述)からすると、イラクやアフガニスタンから帰還した兵士達の自殺原因を分類し、統計的なデータを示す事で問題を分析しようとする本であるかの様な気がするが、本著に記される内容は、ある実在する帰還兵達とその家族が、いかなる問題を抱えて日々暮らしているのかという事を淡々と語るものだ。こう言ってはなんだが、本著を埋め尽くす彼等の生活に関する記述は、本当に『うんざりする』ものだ。読んでいると本当に気が滅入る。それは例えば、戦争から帰って来た夫から妻への暴力や罵詈雑言の数々だし、逆に夫の豹変に耐えられなくなった妻から夫への口汚い罵りの言葉だ。夫婦の間には離婚の文字が何度もちらつく。しかしお互いの愛情も尽き果てる様な喧嘩や暴力の末には、子供と収入という現実問題が横たわっている。これからの生活というよりも、明日の、今日の暮らしをどうするのか。夫は回復するのか。それは何年先の事なのか。それとも永遠にその日は訪れないのか。

 諸外国に軍隊を派遣し、『世界の警察』としての活動を続ける米国では、帰還兵の問題に関する取り組みは少なくとも日本よりも進んでいる。過去にはベトナム戦争からの帰還兵が抱える問題が大きく取り沙汰された様に、今はイラク戦争からの帰還兵たちが同じ様に苦しんでいる訳で、彼等を救おうとする取り組みもまた長い歴史を持っている。PTSDをいかに治療するか。以前、ブライアン・キャストナー氏の『ロングウォーク 爆発物処理班のイラク戦争とその後』でも取り上げられていた『TBI(爆風による外傷性脳損傷)』によって生じる精神疾患から、いかに兵士を救い、またその家族を守るのか。そうした取り組みはこれからも続けられて行くだろうし、効果的な治療法が模索されて行く事だろう。しかしその米国ですら、兵士の自殺を止める事が出来ない。これだけの予算と人員、そして数々の治療プログラムを持ってしてもだ。

 自分が、今国内で行われている集団的自衛権や自衛隊の海外派遣に関する議論について問題だと思っているのは、現状米国で噴出しているこれら帰還兵にまつわる問題に日本もまた陥って行く事が想定されるにも関わらず、その問題の受け皿についての議論が何らなされていない様に思える事だ。

 「日本もまた、自国の安全保障の観点から集団的自衛権の行使を容認して、同盟国との連携を更に密にすべきであるし、自衛隊はもっと国際貢献の場に出て行く事が必要である」とする立場の人々にとっては、先を行く米国が抱える帰還兵問題がクローズアップされる事は避けたいだろう。一方でそれらを認めない立場の人々にとっては、帰還兵の治療に本腰を入れて取り組まなければならない事態に陥る事、それ自体が自らの主張が受け入れられなかった末に発生する問題な訳だから、現時点で自分達の敗北を前提とするかの様な議論はしたくない筈だ。結局どちらの側からも建設的な意見など出よう筈もなく、この問題は無視され、棚上げされ続ける事になる。

 自分は福島県在住だが、原発再稼働の問題にしろ集団的自衛権の問題にしろ、それが本当に日本にとって必要な選択であるならば、発生するリスクについて徹底的に吟味し、事前に問題の受け皿を整備する事が必須であると思う。「原発は即時再稼働するが、安全性の確保や放射性廃棄物の最終処分、老朽原発の廃炉問題についてはその後で考える」だとか、「『平和主義』に『積極的』という言葉を付け加え、自衛隊の活動範囲を広げて行こうとする反面、その結果として生じるであろう自衛隊員と家族の治療や生活保障からは目を逸らす」というのでは片手落ちである。それらについて真剣な議論がなされ、枠組みが整備される事は、その仕事を公共の為に必要とし、誰かに託す側が示さなければならない最低限の誠意ではないか。

 本著の原題は、訳者あとがきにもある通り『Thank you for your service』(祖国へのご奉仕に感謝する)である。これは皮肉ではないし、皮肉にさせてはならない。その奉仕を求めた側は、感謝の言葉以上に、現実的な手段で彼等の献身に応えなくてはならないのだから。日本にその覚悟はあるだろうか。

 

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