人間を消費し尽くすという罪悪・村松茉莉『夢想機械 トラウムキステ』

 

 何だか5月は風邪で声が出なくなったりして思う様に感想書きも出来なかった。この本も連休明け直後には読み終えていたのだけれどね。というわけで、遅ればせながら村松茉莉氏の『夢想機械 トラウムキステ』を。

 人口の1割が洋上に浮かぶ空中都市『海洋特区(オーベン)』に、残りの9割が大気汚染の進む地上に暮らす大都市ミラグロス。地上の貧民街に生まれながら、国家奨学生として海洋特区の大学に進学する事を許された青年、リュカは、卒業後、公認会社トロイメライに雇用される事になる。表向き高級オルゴールを制作している事になっているトロイメライだったが、その実態は非合法な希少美術品『夢想機械(トラウムキステ)』を製造する秘密企業だった。夢想機械の素材は生きた人間。その特性は、素材となった少女の『夢』を、棺にも似たガラスケースの中で再生し続ける事。素材となる少女達の多くは、生きる希望を失った末に、自ら素材となる事を選んだ者だ。人間として生きる事をやめ、ガラスケースの中で夢を再生し続ける機械となる事に同意する事。それはある意味での自殺であり、トロイメライのしている事は自殺幇助に当たる。そして何よりも、彼女達は商品化され、最終的には好事家に売られて行く事になる。ある者は所有権を、またある者は独占面会権を金で買い、ある意味で「死を選んだ」とも言える彼女達がその短い人生の中で最後まで持ち続けていた夢の情景を我が物として鑑賞する。

 この物語の中心にあるのは、夢想機械を作る側に立つリュカと、夢想機械の素材として彼と再開する事になる少女、アミカだ。貧民街で暮らしていた頃の幼馴染との再開は、少女が人間として生きる事を諦めた末に起こった事で、それ故にリュカは苦悩する。アミカを夢想機械として完成させる事は、即ち彼女が人間として生きる事をやめ、機械となって夢を再生し続ける美術品となり、更には誰かの手に渡って行く事を意味するのだから。夢想機械の作り手と、素材となる少女達の、文字通り最後の夢。それらについて語る事はある意味で『綺麗』であり、往年のPCノベルゲーム等が好んで描きそうな儚さやせつなさに満ちている。しかしながら、自分が注目してしまうのは、むしろ本作ではほとんど描かれない、夢想機械を所有しようとする人間の心理だ。

 海洋特区と地上。分かり易い勝ち組と負け組の構図。富を有する物は大気汚染から逃れられる程の高みに住まい、地位と権力を持って地上を見下ろす暮らしをしている。一方地上では、何とか蜘蛛の糸を掴んで這い上がろうとする人間達が喘ぐ様に暮らしている。そんな中で、生きる事を諦め、辛い生から抜け出そうと自ら機械となる事を選ぶ少女達がいて、彼女達の記憶の中に残る夢の記憶を商品化する仕事に就いている者もいる。最大限好意的に考えれば、それは「もしそのままであれば人知れず命を絶っていたであろう少女達の最後の夢を、綺麗に装飾して永遠に保存する仕事」であるのかもしれない。本人達ですら記憶の底に沈めてしまっていた夢の記憶を、絶望の澱の中から救い出す仕事。無理矢理に慈善事業と言えば通りそうな響きがそこにはある。しかしそれは、やはり言い訳のしようもなく『商品化』であって、彼女達は美術品として保存される以上に、商品として消費されて行く。望んで命を断つ少女達が、その生の最後に抱いていた夢を鑑賞する事。それは彼女達の人生を消費する事ではないのか。人間を、その人生を消費し尽くすという事ではないのか。金を積む事によって。特権を行使する事によって。それによって彼等は、他人から見れば特権階級として認識されているであろう者達は、何を得ようと言うのだろう。

 自分は想像する。暗い部屋に置かれた夢想機械を。棺にも似たガラスケースの中で夢を再生し続ける、かつて少女であった機械を。そして、その前に座ってその姿を鑑賞する者の顔を想像する。彼等にとっては見ず知らずの、縁もゆかりも無い、製品番号で管理される、生前の名前すら消された少女が死してなお見続ける夢の残滓を。そしてそれを金で買った人間がどんな顔で鑑賞するのかを想像する。彼等には彼等の人生があるのだろう。夢想機械を求めるに至った過程があるのだろう。そこには、そうまでしなければ癒やされない傷が、或いは埋められない空虚があるのかもしれない。その事を否定しない。でも敢えて言うならば、その光景は酷く醜悪なものに思える。描き出される夢が綺麗なものであればある程に。

 夢想機械は『需要と供給』の一言で片付けるには重過ぎる。自分には『性の商品化』の方がまだマシだとすら思える。それはきっと夢想機械が「心の内側までは他人に干渉されない」「自分の心だけは最後まで自分だけのものだ」という、持たざる者の希望を粉微塵に打ち砕く代物だからだ。辛い生から抜け出して、夢を見るだけの機械になって、それでもなお少女達は誰かに所有されるのだ。最後に残った夢の一欠片までも。それが彼女達の救いになり得るとは、自分にはどうしても思えなかった。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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