パックス・アメリカーナは終わるのか? ブレット・スティーブンズ:著 藤原 朝子:訳『撤退するアメリカと「無秩序」の世紀 そして世界の警察はいなくなった』

 

 帯に『誰が世界を守るのか?』と書かれているけれど、そもそも覇権国家アメリカが守ろうとする世界秩序とはどの様なものなのか、それが「アメリカを除く世界」にとって望ましいものなのかどうかという事を再考する必要はあるだろう。もちろん、それらを踏まえた上で日本がアメリカとどう付き合って行くのかという事も含めて。

 日米同盟を軸にして自国の安全保障のあり方を模索してきた日本にとって――悪く言えば自国の安全保障の何割かをアメリカに依存している日本にとって――アメリカが内向きにシフトして行き、軍事力を行使する事に消極的な姿勢を見せ始めている現状に不安を感じるという人もいるかもしれない。例えば尖閣諸島の領有権を一方的に主張する中国との緊張が高まった時、言い方は悪いが、同盟国であるアメリカがどの程度「当てになるのか」という問題は、日本が自国の安全保障問題を考える上で避けて通れない問題だ。

 アメリカもまた日米同盟を重視し、中国の海洋進出を警戒して、毅然とした対応をしてくれる筈だと考えるのか、それともアメリカには中国と事を構える気など毛頭無く、日本を突き放して事態を静観する気でいるのではないかと疑うのか。どちらの考え方が自分に近いのか、それぞれの見解はあると思うけれど、昨今のアメリカ『撤退』の動きから言って、もしかすると後者かもしれないと考える人達がじわじわ増えている様な気はする。

 著者であるブレット・スティーブンズ氏は、アメリカの弱腰な外交姿勢が、アメリカと敵対する国家やテロ集団等に、そしてそれ以上にアメリカの同盟国に対して誤ったメッセージを送っていると主張する。アメリカが内向きになり、各国に派遣された軍が撤退を始め、削減された軍事費が社会保障費に消えて行く様になれば、敵を勢い付かせるだけではなく、同盟国に不信を抱かせる結果になるのだと。本著は次の様に指摘する。


 “どの国にも選択肢がある。パックス・アメリカーナの基本的な「取り決め」は、各国が外交面でアメリカに従うのと引き換えに、アメリカが軍事的な保護を与えるというものだ。アメリカの大統領がその取り決めを守らなければ、遅かれ早かれアメリカはパックス・アメリカーナの恩恵を得られなくなるだろう。
 エジプトではそれが起きている。そして世界じゅうで起きつつある。化学兵器の使用は許さないというレッドラインを超えたシリアに対し、オバマは何の行動も起こさなかった。それを見たイスラエルとサウジアラビアは、イランが核のレッドラインを超えても、オバマは何も行動を起こさないのではないかと考えるようになった。ポーランドとチェコは、オバマがロシアとのリセット外交を宣言したとき、裏切られたと感じた。シリア政府とスンニ派武装組織の二つを相手に戦っている自由シリア軍は、アメリカが軍事支援をはっきり約束したのに、支援がいっこうに届かないことに裏切りを感じている。日本は、アメリカがアジアで影響力を行使しなくなったときに備えて、外交政策のオプションを声高に検討し始めた。アメリカ国防総省の予算が大幅に削減されたことは、バルト三国からバーレーンまで世界に知れわたっている。”


 安倍首相がいわゆる『積極的平和主義』の名の下に集団的自衛権の行使を認めさせたいとする背景には、日米同盟をより強固なものにして抑止力を高めるという意味合いよりも、むしろ今後の日米同盟に対する不安ないし不信感があるのではないか、などと言ったら言い過ぎだろうか。「これまで認められていなかった集団的自衛権の行使を容認して、安全保障問題に関して日本も負担をします。日本がこれだけの決断をするのだから、アメリカも相応の協力を確約してくれなければ困りますよ」という様な。そういう意味での「交渉」ならまだいいとして、日本側が「見捨てないで」と態度で示しているのだとしたら嫌だな、とは思う。

 また、アメリカとしても自分達が退く事で出来た穴を日本が埋めるのは当然だと思っているだろう。なぜなら今までアメリカは安全保障問題において核の傘を提供し、在日米軍を置く事で日本の安全を「守ってやっていた」からだ。アメリカからすれば、日本が自国の安全保障に積極的になる事はむしろ遅過ぎたくらいであり、「当然」それを要求する権利があると思っているだろう。問題は、日本人が自らの意志で集団的自衛権の行使容認を「選ぶ」のか、アメリカからの要求に唯々諾々と従う結果として「選ばされる」のかという事だ。同じ道を選ぶのであれば前者の方がまだ価値がある。そして言うまでもなく「断固として解釈改憲を認めない」という道も存在している。

 いくつもの道の中から、自分達が進むべき道を、真っ当な議論の末に選び取る事が出来るのか。「外圧」でも、その時々の「都合」でもなく、自分達の意志で。

 本著はパックス・アメリカーナについて記しているが、奇しくも押井守氏の著書『雷轟rolling thunder PAX JAPONICA』の中で、主人公の戦爆パイロット、醐堂はこんな台詞を吐く。

 『オレは真面目に戦争したいんだ』

 自分は兵士ではない。だから真面目にしろ不真面目にしろ、「戦争したいんだ」とは口が裂けても言わないし、『パックス・ヤポニカ』などとぶち上げる気もないが、自分流に言い直すならば『自分は真面目に戦争を考えたいんだ』という事になる。その場凌ぎの詭弁や誰かに押し付けられる都合や妥協の産物としての、形ばかりの議論ではなく。また、為政者の都合や景気の浮き沈みで右にも左にもいい様に流される世論=大衆の気分でもなく。

 それが出来るかと問われるならば、やらなければならない、と答えるしかない。今はそんな気がしている。

  

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