命を取る行為としての狩猟・石川博品『明日の狩りの詞の』

 

 題名の通り『狩猟』をテーマにした作品。今の日本で狩りというと「一般人にとってはあまり馴染みのない、一部好事家の趣味」という分類をされるのかもしれないけれど、作中でも繰り返し語られる『マタギ』の歴史等、生活に根差した文化としての狩猟もまた存在している。

 東京湾に落下した隕石によって持ち込まれた『宇宙外来生物』の繁殖によって、かつての首都東京は人が住めない環境となり、隕石の落下地点から半径30km圏内は封鎖区域とされた。それによって家を失った人々は避難を余儀なくされ、その仮設住宅を母体として生まれた団地が封鎖区域との境界付近に点在している。本作における『狩り』とは、この封鎖区域に立ち入り、外来生物を狩る事を指す。そして狩った獲物は食べる。この、獲物を解体し『食べる』という所までを入れた『狩猟』をテーマにしている所が面白いと思う。

 最近になって『ジビエ』のブーム等もあり、野生の獣肉を提供する店も増えたらしいけれど、自分で狩猟から解体までをこなして肉にしたものを食べるという経験をした事がある人はごく少数だろうと思う。釣りを含めればまた話は違って来るだろうが、釣った魚を自分で捌いて食べる人だけではなく、スポーツフィッシングとしてのバス釣り等を楽しんでいる人もいるだろうから、実際の所食べる為に狩猟(釣り)をする人というのはそう多くないのかもしれない。

 「農業高校に通っていた時に実習で鶏を絞めた事がある」という人でも、「必要に迫られなければ繰り返しやりたいものじゃない」と言っていたけれど、スーパーに行けばパック入りの肉がいくらでも安く買える国に住んでいて、文字通り自分の手を汚す事無く肉が食える環境で暮らしていると、狩猟についてどうしても「かわいそう」とか「残酷」というイメージが付いて回る様になるらしい。実際、鳥獣を捕獲する猟師人口は、猟師の高齢化と若者の狩猟離れで年々減少しているそうだ。これはこれで問題があって、例えば鹿やイノシシ等による農作物の食害や、人里に熊が出た時等に地元猟友会が人を集めようとしても思う様に行かない等、社会問題化している。

 以前、佐川光晴氏の『牛を屠る』という本の感想を書いた事があったけれど、食肉加工の現場や猟場等で動物を解体するのは決して容易な事ではないし、実際、どうやって生きた動物を絞め、皮を剥ぎ、内臓を取り出して肉にするのかなんて家庭でも学校でも教わった事が無い気がする。教わっていない事が出来ないのは当たり前なのだけれど、例えば食肉加工の現場でどんな事が行われているのか写真や映像で詳細に子供達に教えようとすれば親からクレームが来たりするのだろう。一方で、その日の夕食は肉だったりするのだ、きっと。それが今の日本である様に思う。

 さて、話を本作に戻す。件の隕石が宇宙のどこかから勝手に飛来したものなら不運の一言で片付けられる類の話だが、実際その隕石はヘロンと呼ばれる宇宙人が自分達の猟場を広げる為に宇宙にばら撒いたものであり、その内のひとつがたまたま東京湾に落ちたという事で、地球人にしてみれば迷惑この上ない。しかも地球の環境はヘロンの動植物にとって繁殖に適した自然環境だったらしく、動植物問わず、本星でも見た事が無い程に大きく育った個体が発見される等、人間の生活圏は徐々に脅かされつつある。そんな中、主人公の高校2年生、西山リョートの様に、獲物を食べる事を前提として狩猟をする者もいれば、『外来生物を駆除する会』の様に、ヘロンの外来生物をとにかく殺す事を目的とし、狩った獣を放置する様な組織もある。当然、狩猟とは縁遠い人達も。そして外来種を地球に持ち込んだヘロンの側といえば、『成人の為の通過儀礼としての狩り』という「お前らプレデターか」と言いたくなる様な理由で狩りに臨む。これでヘロンの外来生物がエイリアンみたいな連中だったらまんま『エイリアンVSプレデター』を地で行く展開になるのだろうけれど、少なくとも体液が強酸性とかじゃなく、まがりなりにも食べられる連中で助かった。

 狩猟とは。大人になる事とは。様々なテーマを盛り込んだ本作ではあるが、主人公が高校生という事もあり、読後感も爽やかな印象で読み易いと思う。各テーマについて深読みしたい人はそうすればいいし、エンタメとしてさらっと読む事も出来るので、「狩りなんて狩りゲーでしかやった事ないわ」という人にも読み易いのではないだろうか。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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