言葉の壁、感情の壁・倉狩聡『今日はいぬの日』

 

 『かにみそ』で第20回日本ホラー小説大賞優秀賞を受賞した倉狩聡氏の書き下ろし作品。前回はかにだったけれど、今回は犬。そして自分で書いた『かにみそ』の感想を読み返してみたら、作品の内容に一切触れてなくて苦笑した。まあ確かに予備知識を入れずに読んだ方が楽しい作品とはいえ。というわけで、以下には『かにみそ』の感想も入って来る可能性があるので、これから『かにみそ』を読むつもりだという方はご注意下さい。

 さて、本作『今日はいぬの日』で描かれるのは「人語を解する様になった犬」の物語だ。

 日本スピッツのヒメは、かつてはその名の通り飼い主一家からお姫様の様に可愛がられていた。しかし、ヒメが成長するにつれ、飼い主一家はヒメの無駄吠えや物を散らかすといった悪癖、或いは抜け毛の始末等を嫌がり、次第にヒメを疎んじる様になる。今では散歩に連れ出す事もなく、酷い時には食事を与える事すら忘れる始末だ。ヒメがどんなに『わたしのご飯忘れないで』と大声で言っても、それが人間に通じる筈もなく、飼い主達は「無駄吠えがうるさい」と顔をしかめるばかり。しかし、流星群の夜、庭に落ちた不思議な石を舐めたヒメは人間の言葉を話す事が出来る様になる。

 “わたしはきっと、世界で一番賢い犬”

 飼い主達を見返せるくらい賢くなりたいとヒメは願う。そして人の言葉と知識を備えたヒメは、飼い主一家や周囲の人間達への復讐を開始する。

 現実に、無責任な飼い主がペットを捨てる事によって、野良犬や野良猫が増え、殺処分が必要になるケースが社会問題化している。かわいいからという理由で子犬や子猫を飼い始めたはいいものの、予想以上に大きくなってしまって持て余したり、散歩やトイレの始末といった毎日の世話が大変で投げ出したり。ペットの側からすれば人間というのは随分勝手なものだ。

 結構前に『バウリンガル』という玩具がヒットした事がある。犬とのコミュニケーションツールをうたった商品で、犬の首輪に取り付けたワイヤレスマイクから鳴き声を拾って本体に送り、分析する事で「楽しい」「悲しい」といった犬の感情を推測し、その感情に対応する言葉を画面に表示するというものだ。今ではiPhoneアプリとして配信されているらしい。
 この玩具が発売された時、自分は「この技術がもっと発展して、人間とペットが会話出来る様になったとしたら、楽しんでいる場合じゃなく既にホラーだな」と思ったものだ。『かにみそ』で人の言葉を理解するかにが登場した時、かにと人間が会話し、心を通わせる様を見た時に、それは確信に変わった。相手がかにであっても、それが知性を有し、人の言葉を理解し、人の様に振舞うならば、人はもうそれを他の物言わぬかにと同列に扱う事はできないのだと。

 意地悪な言い方をすれば、言葉が通じないから、人間の側はペットに一方的な愛情を注ぐ事が出来る。動物の感情は無視して。
 飼われているペットが人間の言葉を理解し、人語を話す様になったら。或いは人間の側が動物の言葉を理解できる様になったら。その時点で、自分達は彼等ペットと対等なコミュニケーションを取らなければならなくなる。それはこれまで通りの独り善がりな「ペットの世話」ではなく、「ペットとの共同生活」をしなければならなくなる事を意味する。まあその時点でペットたちは『愛玩動物』という自分達の立場に異議を唱えてくる可能性もある訳だが。

 どんなにペットを可愛がり『家族同然』の扱いをしている飼い主であっても、実際に彼等を人間と同じに扱っているという事はないだろう。人間と動物の垣根は確かに存在している。その垣根が崩れた時、これまで通りの一方的な感情の押し付けは通用しなくなる。そしてこれは、人間同士の場合にも当てはまる気がする。

 「話が通じない」なんていう言い回しがあるが、人間同士でも言葉の壁によって相互理解が阻害されてしまうケースが多い様に思う。言葉が通じない故に、相手の心情を汲み取る事が出来ない。相手が何を求めているのか、訴えているのか理解できない。

 うろ覚えで記憶が定かではないのだけれど、何の映画だったか、或いは本だったか、戦争ものの作品で、イラクだかアフガニスタンだかに派兵された兵士が現地民の言葉が分からずにイラつく場面があった。兵士達は現地民の事を『ハジ』と読んでいて、それは蔑称なのだけれど、大人も子供も現地民はとにかく『ハジ』と呼ばれる。当然彼等とは言葉が通じない。もちろん通訳もいるのだろうけれど、いつも隣にいる訳ではないから、彼等が何を考えているのか、何を言っているのか、自分達をどう思っているのかが理解できない。だからイラつくし、一方的な感情の押し付けが起こる。本作でヒメが『犬』という言葉を蔑称として受け止めていた様に、名前を無視して『ハジ』と一括りにされる側は、その言葉の裏側にある敵意、悪意を感じ取ったに違いない。

 動物と人間が互いの言葉を理解するにはあとどの位時間が必要なのか分からないが、その前に人間同士が言葉の壁を超えられるかどうかという問題がある。そして仮に言葉の壁が崩れたら崩れたで、今度は互いの異なる価値観や歴史、信仰を踏まえて、どうコミュニケーションを取って行くべきなのかという問題が立ちはだかるのだろう。きっと。それまでの猶予を、動物達は与えてくれるだろうか。また、人間同士が自分達の狭量さと相互不理解故に自滅するのが先だろうか。今はただ、突然の流星群が地上に降って来ない事を祈るばかりだ。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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