その人斬り、異能にして異常・入間人間『美少女とは、斬る事と見つけたり』

 

 奇才、入間人間氏の手にかかるとライトノベル業界お約束の異能バトルものもこんな風に料理されてしまうという一例。黒髪の少女が日本刀を振るって戦うという設定はベタだけれど、その少女が両腕の機能を失っていて、口に咥えた刀で事に及ぶとなると話はまた違って来る。

 『超能力』というものの存在が公になり、その能力を利用して社会秩序を乱す『超能力者』が排斥されつつある社会。かつてある事故に巻き込まれた結果両腕の機能を失った女子高生の春日透は、その代償であるかの様に「傷付けたものを透明にする」という超能力を得るに至る。かねてからの殺人衝動に、動かない両腕と、傷付けたものを透明にする超能力が結び付いた時、彼女は人斬りとしての道を歩み始める。

 「両腕が使えない人間には人を殺す事など出来ない」と普通の人間は考える。加えてそのハンディキャップは、周囲から同情を集め易い。ただでさえ疑われ難い状況に加えて、彼女が傷付けたものは無機物であろうが有機物であろうが透明化してしまう。つまり、被害者の遺体は容易には見付からず、現場には血の跡すら残らないという事だ。

 かつて、押井守氏は小説『獣たちの夜―BLOOD THE LAST VAMPIRE』の中で、遺体処理がいかに困難な作業かについてかなりの頁数を割いて語っていた。(思えば『BLOOD』も黒髪の少女が日本刀を振り回す作品だったが)曰く、穴を掘って埋める。重石を付けて水に沈める。火葬。果ては鳥葬等、他の生き物に食わせるという所まで例を挙げた結果、どれもそれなりに手間がかかり、衝動殺人を行う様な迂闊な殺人者が遺体の発見を恐れて実行する手段としては考慮に値しないという結論に至るのだった。そして逆説的に導き出されるのは「遺体さえ見付からなければ被害者は行方不明者のままであり、殺人は露見しない」という事だ。それが可能であるなら。そして、その現実ではあり得ない事を可能にしてしまったのが、本作に登場する春日透なのだと言える。

 両腕が使えないという不自由を嘆くのでもなく、得られた超能力を最大限利用して凶行に及び、向けられる同情を隠れ蓑にして悪びれない少女。超能力者ですら無い赤の他人を突き殺しておいて「あぁー……楽しかったぁ」と宣う少女は、やはりどこか壊れている。そんな少女を主人公にする本作もまた、同じ様にどこか普通のライトノベルの枠に収まらない壊れ方をしている様な気がする。

 普通、ライトノベルは読者の願望や欲望を肯定するものだ。あくまでも基本的には。だから主人公が人を殺すなら、そこには何らかの形で殺人を是認する様な設定が組み込まれている。相手が悪人だとか、人間ではないとか、相手の方こそ主人公達の命を狙う敵で、それに対抗する事は自衛であるとか。本作にはそれがない。春日透は殺したいから殺すのであり、それを阻もうとする者もまた同様に殺す。そこに慈悲はなく、正当性もない。まあ正当な理由を持つ「許された殺人」などというものがそもそも存在しないだろうという話もあるが、ゲームの主人公がモンスターやゾンビ、或いは異種族をどれだけ大量虐殺してもお咎め無しである様に、少し設定を盛ってやる事で殺人行為へ忌避感や、それを行う登場人物への嫌悪感を緩和する事は出来るのだ。ただ本作は、敢えてそうしない。登場人物の異常性は異常性として投げ出されたままだ。その匙加減が入間的である気もする。この、ある種の居心地の悪さや違和感を生のまま読者の側に投げて来る感じが。

 さて、以下は蛇足として「口に咥えた刃物で人を斬る」などという事が可能なのか気になったのでちょっと試してみた。貴重な盆休みに自分は一体何をしているのか。(阿呆)まあ実際試すまでもなく不可能なのだけれど、それはそれとして。あと『ONE PIECE』に出て来る三刀流の人って絶対に口に咥えた刀は飾りだと思うのだけれど。

 流石に日本刀は持ち合わせていないので、まずはどこのご家庭にもある『剣鉈』(アウトドア用)を用意。正確には剣鉈状のナイフなのだけれど、厚さ6mmの鋼材から制作されたフルタング構造で、刃渡り20cm弱なのでまあ剣鉈と呼んで差し支えないかと。刀で言えば短刀サイズかな。で、ハンドルに歯型が付くのも避けたいので布を巻き、いざ咥えてみる。

 「うん、これ無理」(開始5秒)

 作中冒頭で鞘に収まった日本刀を口に咥えて水平に構えるシーンがある。平均的な日本刀の刃渡りが何cmになるのか知らないけれど、この剣鉈の3倍は軽く超えるだろう。で、鋼の塊である刀身に加えて鞘の重量が加算されると。更に、柄巻きが施された日本刀の柄は間違いなくこの剣鉈より厚みがある訳で、口に咥え込むのも容易ではないと思われる。ただ立っているだけなら無理矢理行けなくもないかもしれないが、それで人を斬る、或いは突くとなると間違いなく歯と顎、そして首の方が持たない。大体、刃物を手で持って使う時でさえ、対象を突いた時に手を滑らせて自分の指を切るという失敗談が結構多く聞かれ、それを防ぐ為にもナイフにはガード(ヒルト)が付いている訳で、横に咥えた日本刀で突きを放つなど常軌を逸している。まあその辺はライトノベルなので作者が何でもアリといえばアリなのだけれど。読者の側も別に剣術のリアリティなんて求めてないし。

 しかしまあ、単巻で完結するかと思いきやしれっと次巻に続かれてしまったので、早い所続きが読みたい所。この人斬りの物語がどう決着するのか結構興味がある。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

コメントの投稿

非公開コメント

No title

この記事を読んでどんなラストになるかを知った上で視聴したまどマギのような視聴者をいろんな意味で裏切るような作品がやっぱり好きになったんだなという事を思い出しました。

黒犬さんはいい意味で裏切られたという作品はありますか? 僕はアカメが斬る!だと思います(苦笑)

>シンジンさん

おはようございます。

さて、『良い意味で裏切られた』というとちょっと難しいですね。

何だか自分はマイナス思考の人間らしく、良かった事よりも悪かった事や失敗談の方をよく覚えている質です。なので『良い意味で裏切られた』事よりも『普通に裏切られた』事の方が記憶に残りやすい感じで、記憶を掘り返しても残念なものが多く、「うわー……」となります。あまり深く掘り返すと精神衛生上よろしくないのでこの辺にしておきます。

『良い意味で裏切られた』というのとは若干違いますが、終盤まで伏せられていた要素が最後の最後で明らかになって「そう来たか」「うわーやられた」と思う作品は結構あって、最近の作品だと、丁度2巻が刊行された三田誠氏の『ロード・エルメロイII世の事件簿』の1巻がそうでしたね。2巻はまだ読めていませんが、1巻読了時は「やりやがったな三田誠ぉぉぉ!」(失礼)と叫んでしまいました。心の中で。

もっとも、あの作品の場合、原作というか世界観や設定の全てを握っている某菌糸類の方がいるので、どっちの仕込みだったのかは判然としませんが。共犯かな?

No title

僕も学生の頃やらかした事を思い出すたびに今を頑張れる自信がなくなりそうな時があります(汗汗汗)

ロード・エルメロイII世の事件簿はfate zeroで生き残った彼のその後が描かれているのでいつか読んでみたいですがアニメ版Fateで少しだけ出てくれてうれしかったです。

僕が最近心の中で叫んだ作品は実写版進撃の巨人です!!!!!

>シンジンさん

こんばんわ。
昨日、『ロード・エルメロイII世の事件簿』2巻が届きまして、即日読み終えたのですが。

「……これ、続巻冬まで待たないと読めないのか」

今回、上下巻構成だった事を知らずに脊髄反射で買ったので悶絶しております。

続巻といえばこの『美少女とは、斬る事と見つけたり』も思い切り「次回へ続く」的な引きで終わるのですが、入間人間氏も筆が早い反面多作傾向なので、本作の続きが出るのはいつになる事やら。しれっと別シリーズとか始めてこっちが忘れ去られるのではないかとちょっと心配しております。
プロフィール

黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
Twitter
リンク
RSSリンクの表示
Amazon