目に見える痣と、目に見えない傷・三秋縋『君が電話をかけていた場所』『僕が電話をかけていた場所』

 

 上下巻構成で、2ヶ月連続刊行となった本作。Twitter上で作者が『「ぼくのかんがえたさいきょうのせいしゅんストーリー」みたいな話です。』と書いていたけれど、ある意味では確かにその通りなのかもしれないと思う。

 顔の右側に大きな痣がある事で、常に好奇の目に晒されて生きてきた少年がいた。消す事の出来ない醜い痣は、人を遠ざける。そして痣を持つ少年の側も、こんな自分が他人から好かれる訳がないのだと、他人と関わりを持つ事を放棄する。人並みに友人を持つ事や恋をする事。それらは遠い彼岸にあって、自分には関係ない事だという諦めだけが、彼に寄り添っている。
 そんな中で、かつて自分の痣を気にする事無く接してくれた少女との思い出を、少年は大事に抱えて生きて来た。その事を指摘する様に、公衆電話のベルが鳴る。

 『諦め切れない恋が、あなたにはあるはずです。違いますか?』

 電話の向こう側の女は、少年に賭けを持ちかける。その顔の痣を一時的に消す代わりに、かつての少女と両思いになる事。期限は50日。少年が賭けに勝てば、『痣はあなたの顔から永久に姿を消します』と言う女は、賭けに負けた時に少年が何を失うのか告げぬまま電話を切る。そして実際に自分の顔から痣が消え去り、少女との再会を果たした時、少年はこの賭けが、巧妙に仕組まれたものである事に気付く。

 美醜というものが、人格形成に与える影響は大きい。「外見が全てではない。大事なのは心だ」という言葉もあるが、それはやや偏ったものの見方だ。外見は、性格を左右する。少なくとも、整った顔立ちは他人から好かれるきっかけになる。人に好かれる経験を積み重ねていけば、それは自信になり、社交的な性格を育む事もあるだろうし、自分で自分を肯定できる根拠にもなるだろう。まあ、それが悪い方向に傾けば、自信過剰で調子に乗っていると受け止められる事もあるかもしれないが。それとは対照的に外見的なコンプレックスは、もっと直接的に、そして長く尾を引く様に人を苦しめる。

 最近ある女性が、同じ女性に向けて「あの子は顔が可愛いくせに性格が悪いし、馬鹿だ。性格ブスっていうのは、ああいうのを言うんだ」と言い放つのを聞いた。言った本人は、相手と比較して美醜の面で自分が劣っていると感じているのかもしれない。だからただ相手とのコミュニケーションで少々トラブルがあった程度の事が、「顔やスタイルはアンタの方が良いかもしれないけど、性格がソレじゃ台無しだよね。頭の出来だって自分の方が上なんだから」という様な、いわゆる『マウンティング』に発展してしまう。こうなると「どちらの性格が悪いのか」なんて傍から見れば非常にコメントし難い状態だと言わざるをえない。

 この様に、人の外見と内面とは切り離せないのだろう。自分はその事をよく知っている。少しだけ、自分の話をしてみよう。

 自分は、頭に傷がある。
 幸いそれは、伸ばした髪の中に隠せる程度のもので、本作の少年の様に顔の右側を覆う様なものではなかったが、幼い頃に受けた手術の痕跡で、鉛筆の太さ程度の幅の傷跡には髪が生えない。それがメスで切開した円形に走っているので、事情を知らない人に見られると驚かれる。普通の円形脱毛症にしては大きいし、線状で範囲が広いせいだろう。物心付く前から一緒に暮らしているこの傷のおかげで、生まれてこの方自分は丸坊主になった事がない。だから正確には、自分の傷の全貌を自分でも知らない。たまに酷い寝癖を付けたまま鏡を見ると、結構な広範囲に傷が及んでいるのがまるわかりになっている時があり、幼い頃はそれが嫌だった。「大人になって成長が止まったら、整形手術を受けて傷を縫い縮めて、もっと目立たなくする事も出来る」と言われて育ったが、いざ大人になってみると「まあ、これのお陰で命があるんだし」という妙な愛着もあって、結局そのままにしてしまっている。困る事と言えば、床屋代をケチってバリカン刈りの丸坊主で済ます事が出来ない事と、つい油断して髪を短くし過ぎたり、寝癖が直っていない状態の頭を他人に見られた時に、今まで何回繰り返したか分からない身の上話をしなければならないのが面倒だという程度だ。

 では仮に、自分のこの傷が頭ではなく顔面にあったらどうだろうと考えてみる。

 自分のレベルの傷ですら「事情を知らない人に身の上話を繰り返すのが面倒だ」という理由で、この内向的な性格を育むのに一役買っているというのに、それが隠し切れない顔面に、まるでフランケンシュタインの怪物のそれの様に張り付いていたとしたら、想像するのも嫌なレベルだ。自分のお世辞にも整っているとは言えない性格も、更に歪んでいただろう。思春期を迎える前には人から好かれる可能性を諦め、人を好きなる事も無益だと切って捨てていたに違いない。醜い人間に好かれるなんて相手も迷惑だろうと思うから。

 だから本作を読んで、登場人物達の心の動きを追って行くと、それが他人事ではなく実感として、というか経験則として分かる部分がある。目に見える痣と、目に見えない傷について。そして読んでいる最中に「この物語がハッピーエンドになればいいな」と思ってしまうのは、単純に自分が救われたいからなのだ。きっと。それを自覚してしまうと恥ずかしい事この上ないのだけれど、それでもこういう『嘘』が、作り話があっていいのだと思う。そういったものが何もない中で生きて行くには、この世界は少し狭量過ぎるから。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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