出口のない現実を生きる自分達は・横山秀夫『出口のない海』

 

 最近仕事が忙しく、なかなか本が読めないのが辛いところ。そんな中、久々に人から本を借りて読む事になった。それが本著『出口のない海』だ。

 人に本を貸すという行為は、自分の趣味嗜好や内面の一部を相手に対して開示する行為でもある訳で、借りる方からすると色々な事を考えてしまう。例えばそれは「相手は何を思って自分にこの本を貸してくれたのだろう」という想像であったりする訳だが、それは一旦脇に置くとして、まずは作品について。

 本著は太平洋戦争末期に使用された特攻兵器である、人間魚雷『回天』の搭乗員達の物語だ。特攻隊、特攻兵器として最も有名なのは百田尚樹氏の『永遠の0』でも描かれた『神風特別攻撃隊』であり、零式艦上戦闘機、いわゆる零戦だろう。空の特攻が『神風』である様に、人間魚雷回天は『神潮』と呼ばれた海の特攻があったという事実を今に伝えている。

 人間魚雷という言葉通り、回天は人間が乗り込んで操舵し、敵艦に突っ込む事を想定した魚雷であり、乗員の脱出は一切考慮されていない。一度乗り込めば内側からその扉を開ける方法は無く、仮に敵艦に命中しなかったとしても乗員が助かる道はない。正に『十死零生』の兵器が回天なのだと言える。

 主人公の並木浩二は甲子園で勇名を馳せた投手であり、大学野球でもその活躍が期待されていたが、肘の故障によってかつての球威を失ってしまう。壊れた肘で投げるボールではどうしても球速が出ない。それでも打者を討ち取る為には、変化球に磨きをかけるしかない。誰にも打てない『魔球』を編み出す事。それが並木の目標になった。

 しかし時代は日米開戦、そして学徒出陣へと流れて行く。野球もまた敵国アメリカのスポーツであり、ストライクやアウトといった敵性語の排除が行われる等、日本野球と野球選手にとって冬の時代を迎えていた。並木もまた時代の波に翻弄され、やがて回天搭乗員として敵艦への特攻を命じられるに至る。
 野球という夢と、特攻=死という現実。『避けられぬ死』を前に、並木はどう生きようとするのか。

 自分にこの本を貸してくれた人物は、いわゆるテロリストが行う『自爆テロ』と、かつての『特攻』が、時に同列に語られる事についての憤りを感じている様だった。その誤解は太平洋戦争に対する現代日本人の無知に起因するのであって、かつての戦争について知る事が必要なのだ、というのが、この本を自分に貸してくれた氏の持論である様に思う。

 自爆テロと特攻の違いについては、「特攻の標的はあくまで敵艦であり、非戦闘員である一般市民までも攻撃対象とするものではなく、周囲に居合わせた人間を無差別に殺傷する自爆テロとは本質的に異なる」という説明が多い様に思う。しかしながら、「攻撃対象が戦闘員に限られるのか、一般市民をも巻き込む無差別攻撃なのか」という点のみで自爆テロと特攻を語るというのも、それはそれで雑な行為ではないだろうか。

 特攻という『十死零生』の作戦に身を投じた若者達が、いかなる想いを胸に生きたのか。そして、自らの体に爆弾を巻き付けて自爆テロを遂行しようとするテロリスト達にはこの世界がどんな風に見えているのか。特攻と自爆テロの違いについて本質的に語ろうとするならば、両者に対する正しい理解が必要となるのは言うまでもない。

 この日本に住んでいて、自爆テロを行うテロリスト達の心情を知る事は難しい。テロ組織が発表する犯行声明や政治主張は報道等で取り上げられる事もあるが、自爆を行う個人の生の声を聞く機会はほぼ無いからだ。だが、特攻隊員達については、その遺書や家族に宛てた手紙等、数々の遺品が今も遺されているし、元特攻隊員であった方々の証言を聞く事も出来る。そしてまた、本作の様に特攻をテーマにした作品も存在する。自分はそれらに触れる事で「攻撃対象が無差別か否か」というだけの区別に留まらない、自爆テロと特攻の違いを知る事が出来るのではないかと考える。ただこれは自分が特攻隊員と同じ日本人としての視点で物事を見ているからなのかもしれない。自分がもし、自爆テロの実行犯達と近い境遇に生き、彼等の言葉を理解し、その声を身近に聞く立場にあったなら、彼等には彼等なりの想いがある事を知る機会があるのかもしれないからだ。しかしながら、その上でもなお、今の自分が自爆テロと特攻に異なるものを感じているのは何故だろうと考える時、それは特攻隊員として戦争という時代を生きた人々の生き様が、恨み、或いは憎しみといった負の感情とは距離を置いたものに感じられたからかもしれない。これ以上上手く説明する事は難しいけれど。

 この小説の中で並木は特攻隊員となってからもボールを投げ続ける。自分の死が避けられないものとなっても、満足に野球をする事が出来なくなっても、もう一度マウンドに立つ事は出来ないのだと知りつつも、彼は魔球を目指して投げ続ける。それは恐らく、野球への未練でもなければ生への執着でもなく、死の恐怖からの逃避でもない。野球選手として、投手として生きて来た自分の生き様を曲げない事。自分と仲間達が青春を捧げた野球に対して誠実であろうとする事。『出口のない海』という題名から漂う悲壮感に反して、読後感は爽やかですらある。むしろ出口がないのは、テロと報復の連鎖で互いに憎しみを募らせる、自分達が生きるこの現実の方なのかもしれない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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