ある意味、ゲスの極み・山下湊『ウロボロス・レコード 1』

 

 帯には、「新ダークヒーローの誕生を見逃すな!」という文字が踊っているのだけれど、自分からすると「ダークヒーローってこういう人の事でしたっけ?」と言いたくなる。「ダークヒーロー」の「ヒーロー部分」が見当たらない。単純に「ゲス野郎」で良いのではないかと。

 物語は主人公の死から始まる。
 現代日本で、名前も語られない主人公の『僕』は死を迎える。しかしその死は安らかなものではなく、『手足の端から虫に喰われるように』『沸騰するほど熱された酸の風呂に、生身で漬け込まれたような』ものだった。魂が削られ、今まで「自分」を構成していた要素がどんどん失われて行く感覚。その苦痛の中で彼は願う。消えたくない。死にたくない。生きていたい。
 結果、その願いは歪な形で叶う事になる。異世界への転生という形で。

 これまでいわゆる『なろう系』と呼ばれる作品をあまり読んで来なかったので、あまり知った風な事も言えないのだけれど、確かに異世界転生ものという題材は最近良く目にすると思う。本作もその例に漏れないのだけれど、本作の特徴は、「一度死を経験した主人公が、二度と死なない為に永遠の命を求めて錬金術に傾倒して行く」という、人体実験から脳改造による洗脳まで手段を選ばずに生き足掻く様を描いて行く事にある。

 剣と魔法の世界を舞台にした転生もので、それこそ「見た目は子供、頭脳は大人(現代人)」な主人公がどう立ち回るかという話ではあるのだけれど、そうした転生者である事のアドバンテージについてはあまり描かれない。現代日本から異世界への転生という題材も、今の所は物語の中で特に活かされる事も無く、子供にしては世慣れしていて計算高いとか、現代人の価値観とのギャップとか、その辺りの描写に留まっている。何せ二度と死なない為に身に付けようとする知識が、転生後の世界で使われている魔法や錬金術といった知識なので、前世の記憶を頼りに他者に先んじるという事も出来ない。これならば、現代からの転生ではなく、最初からその異世界で生きていて、何らかの理由で死んだ主人公がもう一度生まれ変わるという設定でも同じ話が書けそうな気もする。むしろ「作者が現代日本人である」という事が、本作の設定に影響していると言えるのではなかろうか。

 奴隷として売られていた瀕死の少女を買い上げて治療を施し、研究の助手として、また護衛兼錬金術の素材集めの戦力として育て上げる。主人公に対して従順な、むしろ彼を慕う「戦うメイド」として。物語の要素を抜き出してあらすじ的に書いてしまうと、それは主人公の目的達成の為の手段というよりも、作者や読者の欲求(或いは欲望)に忠実なストーリー展開なのかなという気がしてくる。後半には量産型メイドまで出て来るし。

 とまあ色々と書いたけれど、個人的に本作の見どころだと思うのは「自分の死の苦痛を経験して二度と死にたくないと思っている主人公が、奴隷を始めとした他人を容赦なく同じ苦痛=死に叩き込んで平然としているというゲスさ加減」にあるのかなと思う。奴隷の少女を買い上げて育てるくだりも、「使える素材が安く手に入るチャンス」「自分の目的達成の使える手駒として育てた方が得」という損得勘定の結果であり、その結果少女が(奴隷としての服従魔法や脳改造による洗脳も加味した上で)主人公を慕っている姿も哀れだ。そして、それら全てを計算ずくでやっている主人公は、控えめに言っても間違いなくゲス野郎であり、物語冒頭の死のシーンでそのままおとなしく死んでいれば良かった類の人間である。まあ、一度死ぬ前の彼は平凡な人間だった様だから、そんな人間すら一度死の恐怖を経験すればここまで変わるのだ、という事かもしれないが。

 自分が死なない為ならば他人は何人死んでも良い。自己の目的達成の為ならば、他人はどれだけ利用しようが使い潰そうが構わない。自分が苦痛を感じる位なら、他人にそれをなすりつける方がまだましだという理屈は、ここまで極端ではないにしろ世の中のあちこちに蔓延っていて、異世界だろうが現代日本だろうが変わらない。本作が転生ものである理由は、もしかするとそんな「現代の縮図」を、異世界に転生した主人公のゲスさ加減として表したかったからなのかもしれないと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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