消せない記憶は写真の様に・三上延『江ノ島西浦写真館』

 

 年が明ければもう少し読書時間が取れる……といいなぁ。

 さて、気を取り直して本著について。
帯にも「『ビブリア古書堂の事件手帖』の著者 初の単行本」とあるけれど、代表作が出来るというのも色々と大変だと思う。何を書いても常に引き合いに出されるし、どうしても比較される。本著もまた、江ノ島にある古い写真館を舞台にしたミステリという事で、古書店から写真館に場所を移したとはいえ設定的に似て来る部分はあるし、自分もその事について批判的な書評をいくつか目にした。曰く、設定が被る部分が多い、とかなんとか。でも自分は、冒頭からこの作品に強く惹かれた。

 本作は、江ノ島にある写真館を舞台にしている。館主だった祖母が亡くなり、その遺品整理の為に江ノ島にやって来た孫の桂木繭は、自分の中にわだかまる、写真と自分自身に対する複雑な思いを整理しきれずにいた。もう二度と写真を撮らないと決めた事。その原因となった出来事。失ったものは数多くて、でも他の誰を恨む事も出来なくて。だからその足取りは重かった。写真館を訪ねれば、自分がかつて背を向けたものと向き合わなければならない。過去の自分と、失った夢。時間だけは止めようもなく流れて行くのに、過去を写した写真の様に、記憶の中には消せない感情が焼き付いている。

 写真館に保管されていた『未渡し写真』にまつわる物語をひとつひとつ丁寧に描きながら、物語はやがて繭が抱え込んだままの過ちに触れて行く。彼女が許しを得る事は出来るのか。そして、彼女はどう歩んで行こうとするのか。

 本著で語られる物語にはどれも影がある。繭の過ちもそうだし、それによって傷付けられた人の事もそうだ。写真の謎を解く中で明らかになる事実には、後味の悪いものもある。人間の悪意が透けて見える様な描写もある。ただ結末には光が差した様な気がした。それは本作に「過去の過ちは消せないとしても、人はやり直す事が出来る」というテーマが貫かれているからだろう。

 一度撮られた写真の様に、過去は消えない。良いものも、悪いものも。そこから目を逸らす事は出来ても、無かった事には出来ないのが過去であり、過ちであり、傷なのだと思う。多かれ少なかれ、人はそれぞれ、そうしたものを抱えて生きているのだろう。

 過去が消せないものなのだとすれば、自分達はそれを心のアルバムに仕舞ったままで、これからをどう生きて行くのかという選択をして行く事しか出来ない。「過去は変えられなくとも未来は変えられるのだ」などと書くと胡散臭い自己啓発めいた台詞にしかならないが、それがこうした物語として提示されると、これが不思議と自然に胸に入って来る様な気がする。

 自分自身も、歳を取る度に消せない過去が増えて行くばかりだ。でもそれはそれとして、前を向いて、これからを選択して行かなければならない。何だか何もかもが嫌になる日もある。もうやめてしまいたい日もある。悲観主義者だからかもしれないが、自分は心のカメラをどうしてもそういうものに向けがちだ。良い事も嬉しい事も綺麗なものも、きっと目の前にあった筈なのにね。多分、自分はそういうものを目にすると、それらを感じ取る事に手一杯で落ち着いてシャッターを切る事が出来ない人間なのだろうと思う。だから嬉しい記憶や、楽しい記憶はいつもピンぼけになって、何となくでしか思い出せない。損な性分だと思う。でもそれも含めた自分を、少し許してやる事が出来たなら、これから先「生き苦しい」日がもしあったとしても、それを受け止めて行けるのかなと思う。

 高校時代、名ばかりの写真部員だった自分に言えるのはこのくらいだろうか。その思い出もまた、心のアルバムに貼ってあるのだろう。そのアルバムのページをめくる事は稀だし、楽しい記憶はいつもピンぼけだけれど。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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