三崎亜紀『となり町戦争』(2)

 <関連項目>

 三崎亜記『となり町戦争』(1)

 そもそも日本人にとって『戦争』とは何なのだろう。

 日本の戦後教育の中で、『あの戦争を忘れない』という時、あの、という部分が指しているのは日清戦争でも日露戦争でもなく、間違いなく太平洋戦争とその敗戦の事だ。二度とあの悲惨な戦争を繰り返してはならない、という言葉には説得力があるし、自分もその様に教育されて育った。その事に疑いを持った事はないし、戦争が悲惨で起こすべきではないという意見には全面的に賛同する。多くの国民もその様に考えているだろう。

 しかし、その結果として日本は戦争から疎外された。

 日本が戦争を疎外したのではない。
 戦後民主主義教育は戦争の悲惨さを繰り返し訴えた。そして大多数の国民が戦争を忌避し、戦争について個別具体的な議論をする事もタブー視される様になり、結果として日本は戦争について無知な国になった。それは戦争に耐えない国になったという事だし、間接的にではあっても戦争に携わっている事実を棚上げしてしまえる国になったという事だ。
 誰も戦争について知らないし、答えられない。何故なら戦争はひたすら避けるべきものであって、直視するものではなかったから。

 じゃあお前は戦争の何を知っているのかと言われれば、自分だってそんなものは知らない。
 戦後教育が戦争について具体的に語る事をしなかった以上、後は各自何らかの形で『自習』をするしかなかった訳だけれど、自分が知っている範囲で戦争に関係がありそうな知識というと、『60リットル以上のザックを背負って徒歩で山道を何十キロも歩き回るのは慣れないと相当キツイ』とか『雪中で野営するのは寒さとの戦いで、体温維持を怠ると冗談ではなく死ぬ』とか、そういう限られた範囲での実感でしかない。
 実際の兵士は更に武器を携行し、それと平行して相手と戦うという神経をすり減らす極限状態に置かれるわけで、あの装備の大体の重さや野営の苦労を体感した事がある自分からすると、その負担は相当なものだなと思うのだが、それが戦争に関する具体的な知識だと胸を張れるかというと、そんなものは結局取るに足らないと思う。
 他にはグアム等に行って実弾射撃する人もいるだろうし、陸上自衛隊でやっている体験入隊に社員研修で参加したという人もいるだろう。でもそれが戦争を知るという事かというと、違う様な気がする。
 結局日本人にとって戦争というのはどこまでも他人事で、想像する事すら困難だ。
 
 かくして戦争から疎外された日本人にとって、戦争は遠いものになった。

 戦争について語って下さいと言われても『悲惨ですね』とか『許せませんね』とか『早く終結して欲しいですね』とか、そんな『感想』しか出て来ない。『どうやって勝つか』等は論外で、『負けない様にする』為の議論ですら相当に神経を使う。

 そんな『戦争』と、『となり町』という全く距離感の違うものを組み合わせた小説が本作だ。

 現実には、日本人にとって戦争は遠い。遠過ぎて漠然としたイメージや抽象的な概念としてしか浮かばない。それがとなり町との間に起こるという虚構が本作だが、その中でも日本人が抱く戦争との距離感は多分そのままなんだろう。そこで何が起きているのか、結果として何がもたらされ、何が失われたのか。戦争に耐えない日本人にはそれが理解出来ない。

 作中に『これが、戦争なんだね』という台詞がある。しかしそれはあくまで個人レベルまで降りて来た痛み、大事な誰かが失われるという時の痛みの中でしか実感されない。戦争そのものは依然として理解の外側にあって、登場人物達が戦争そのものを理解する事はない。

 自分が『となり町戦争』を読んで感じる空恐ろしさは、これが現実に起きたとしても、日本人は作中の登場人物達の様に、戦争を理解する事がないままで生きて行くしかないのではないかという事だ。となり町同士が戦争をするという事はないにしても、例えば隣国との間での紛争でもいい。その時に、日本人は自分が何をしているのか、何をされているのかを多分全く理解できないままなのではないか。それも一般市民だけではなくて、戦争に対処しなければならない立場の人間もそれは同じなのではないか。そう思えてしまう。

 村上龍『半島を出よ』について書いた時にも言ったが、結局今の日本は歪な国になってしまった。そこから出発するしかない自分達は、個人レベルで足掻くという以外に疎外された戦争に対処する術を持たない。今自分達が生きている前提を疑ってみる事、本作の様に異なる前提で生きる事を想像してみる事。そこから始める事しか、多分日本人には残されていない。

 

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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