「僕」が救われる為の物語として・住野よる『君の膵臓をたべたい』

 

 何となく題名が気になっていて、電書版がセール中だった事もあり読んでみた。
 読んでいて妙に懐かしい気がするのは何故だろうと思っていたのだけれど、読み終えて思う。この小説は昔の恋愛アドベンチャーゲームのテキストの様だと。

 もう何年前になるのだろうか。パソコンゲームで恋愛もののアドベンチャーゲームが流行っていた頃に、「泣きゲー」と呼ばれるジャンルの作品群があって、その中で「ヒロインが不治の病」という設定のシナリオがいくつかあったと記憶している。自分はあまりそのジャンルのゲームをプレイしていないので、詳しくはないのだけれど、何となく本作の読後感はかつての泣きゲーに近いものがあるのかなと思う。言い換えればある意味ファンタジーと言えなくもない。物語の舞台は現実だけれど。

 物語は、主人公の『僕』のクラスメイトであった山内桜良の葬儀が行われた事を告げる一文から始まる。『僕』はその葬儀にも通夜にも行かず、ずっと家にこもっていた。そして『僕』は回想する。山内桜良の事。彼女が周囲に対して隠し続けていた病と、『共病文庫』と題された日記の事。そして『共病文庫』をきっかけとして始まった、自分と彼女との日々を。

 膵臓を患った末期患者で、薬で症状を抑える事で日常生活に支障が出ない様にしているものの、治療の見込みはなく、宣告された余命は数年。そうした少女が、『共病文庫』と題した日記を偶然クラスメイトである『僕』に読まれてしまう事で、図らずも二人は秘密を共有する事になる。

 『僕』は内向的な性格で、友達もおらず、いつも本を読んでいる。「人に興味を持たないから、人からも興味を持たれないんだろうね」と本人は語るけれど、そんな『僕』だから、社交的な正確でクラスでも人気者の山内桜良との接点は無かった。ただ彼女の秘密を知った事で二人の関係は変化し、彼女に連れ回される形で様々な事を経験する中で、次第に『僕』は彼女に惹かれて行く事になる。そして、それでも変わらない彼女に残された時間はどんどん過ぎて行き、最後の時が近付いて来る。

 このブログにしては珍しく酷い感想を書いてしまうと、この物語は少々『僕』にとって都合が良い話になり過ぎている気がする。そこがまた本作の読後感を恋愛アドベンチャーゲーム風にしている気がするのだけれど、内向的で友達もおらず、他人と関わる事を避けて生きて来た少年の下に、全くの偶然からヒロインとなる少女が現れて、秘密を共有する関係になり、一緒に行動する中で互いに認め合う様になるという過程は、先に書いた様にある意味ファンタジーだ。

 余命について知られれば、同情されたり悲しまれたりする事でそれまでの人間関係が変わってしまう。ヒロインの少女はそれが嫌で、親以外には誰にも、たとえ親友であっても病気と余命の事は言わずにいたのだけれど、『僕』は秘密を知っても変に同情したり、腫れ物に触る様な接し方をしたりしないから良いのだ、という理由が一応付いてはいる。その上で、自分の様な意地悪な読者が思ってしまうのは、この物語が若くして死を突き付けられた彼女の救済ではなく、『僕』を救済する為のものなのだろうという事だ。膵臓を病んだ少女の存在は、駄目な『僕』が最後には救われる為に用意された設定に思える。もっと底意地が悪い書き方をすれば、『僕』が救われる為だけに山内桜良という少女は死なねばならなかった様にすら思える。

 多分、『僕』に秘密を知られたという偶然が無くても、言い換えれば『僕』の存在が無くても、山内桜良は自分なりに死と向き合い、最後を迎える事が出来た様に思う。そう言い切る事が出来るのは、『僕』と自分が似た人間だからだ。仮に目の前に同じ状況があったとして、自分には死を前にした少女に寄り添った所で、何が出来る訳でもない。自分には彼女を助ける事は出来ないだろう。その病をどうにもできないという意味はもちろん、精神的な助けにすらならないだろうという意味でもある。だからこの出会いで救われるのは『僕』や自分の様な人間なのであって、その逆ではない。だから、そういう駄目な人間が救われる為の物語の構造として、彼女の様なヒロインを配してしまうのは、都合の良い願望の投影に思えてしまう部分がどうしてもある。まあ、穿ち過ぎかもしれないけれど。

 女性が読むか、男性が読むかでもまた評価が分かれそうな作品だと思う。まあ男性でも自分の様なタイプとは逆の男性もいるだろうけれど、何となく女性が本作を読んだ率直な感想を聞いてみたいと思った。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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