たとえ死を乗り越えたとしても・森博嗣『魔法の色を知っているか? What Color is the Magic?』

 

 前作『彼女は一人で歩くのか? Does She Walk Alone?』から続く、人間とウォーカロンの物語。そして人間性を問う物語でもある。

 自分は小さい頃に、何となくではあるけれど『死なない事』を望んでいた時期がある。「死にたくない」なんて当然誰でも考える事だろうと思われるだろうし、実際その通りなのだけれど、自分が考えていた『死なない事』について説明しようとするとこれがなかなか難しい。これを考えていた小学生の自分の事を振り返ると、子供にしては何だか随分小難しい事を考えていたというか、こじらせていた気がする。

 小学生の頃、祖母が亡くなった。
 小学生でも当然、『人間はいずれ死ぬ』という事は理解している。寿命というものがあるし、病気でも、怪我や事故でも人は死ぬ。その事は当然知っている。ただ、身近な人が亡くなるという事に直面して、その時自分は本当の意味で「ああ、人間は誰でも死ぬのだな」という事を知った様に思う。知識ではなく、実感として。

 小学校に上がる前に自分が通っていた幼稚園はキリスト教系で、食事の前に『神様』にお祈りをする様な所だった。神様は人間の行いを見ていて下さり、良い行いをする人を助けて下さる。逆に悪い行いをする人間には報いがある。そうした事を薄ぼんやりと信じていた自分は、祖母が病気で入院した時も、病気が治る事を信じて疑わなかった様に思う。祖母が善人でない訳がないと思ったからだ。今にして思えば、随分と楽観的な人間だったのだなと我ながら呆れる。とても今の自分と同じ人間だとは思えない。

 祖母は退院する事なく亡くなった。癌だった。そして自分は、人は誰でも死ぬという事を理解した。祖母も、両親も、自分も、いずれ死ぬ。間違いなく死ぬ。そして次にこう考えた。「死んでしまったら、今こうして色々な事を考えている『自分』はどうなってしまうのだろう」と。

 魂の存在や、生まれ変わりというものを信じる事も出来ただろうと思う。ただ、生まれ変わりが本当にあるのだとしても、いわゆる『前世』の事を覚えている人はいない。ならば魂が生まれ変わっても、『今の自分』は消えてしまう事になるのではないか。それが恐ろしかったし、嫌だった。いつか消えてしまう事が分かっていて、なぜ皆は平気な顔をして生きていられるのだろう。そんな事を考えていた。我ながらこじらせ過ぎである。

 話を本作に戻す。本作の世界はそんな『人間の死』を克服しつつある。人間は100年を超える寿命を得て、一人の人間の思考が世紀を超える事が出来る様になった。かつてどんな偉人も天才も逃れる事が出来なかった、100年足らずの寿命という枷が外され、人の知性と意識は継続して行く事になった。それは多くの研究者や求道者の悲願だったに違いない。道半ばで訪れる死を退け、後進に自らの遺志や研究成果を引き継がせるのではなく、自らの目で、意志で、『その先の世界』を見続けるという夢。

 自分は凡人だが、少なくとも小学生だった自分は彼等と同じ様に『死なない事』を望んだ。ある意味では今も望み続けていると言える。自分の手で何かの成果を遺す為というよりも、変わって行く世界を見続けていたい。死なない事によって。生き続ける事によって。

 例えば今この世界が抱えている様々な問題が解決される時は来るのか。今人間が思い描いている未来像が実現する時はいつになるのか。人はどう変わって行くのか。ウォーカロンの様な、人の手で生み出された知性体と人間が対話する様な日が訪れるのか。今はまだSFの中で想像されているだけの世界が現実のものとなった時、そこで生きる人間はどう変わって行くのか。寿命で死ぬ事が無くなった時、人間の意識と思考は、その『無限』となった時間に耐えられるのか。

 当然、今はその願いが叶う事はない。だからそれを『叶えてしまった世界』について考える事は無駄なのだろうと思う。ただそれでも自分がその事について考えてしまうのは、小学生だった自分が抱えていた感情が根になっているのではないかと思う。それは好奇心であり、死への恐れであり、『自分』というものが消えてしまう事への忌避感なのだろう。

 もっとも、死ななくても、生きていながら『自分』が消えてしまう事もある。それは小学生だった自分には思い至らなかった事だ。今の自分が本当に恐れなければならないのは、むしろ生きたままで『自分』が消える事なのかもしれない。そしてそれは、人間が不死を得る事を待たずに、既に訪れている。

 

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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