時を越えて行く想いがあるなら・籘真千歳『θ 11番ホームの妖精 アクアリウムの人魚たち』

 

 電撃文庫版『θ 11番ホームの妖精』から、ハヤカワ文庫JA版『θ 11番ホームの妖精 鏡仕掛けの乙女たち』を経て刊行された本作『アクアリウムの人魚たち』は、シリーズとしては2作目に相当する。

 既に中年男性である自分が言い切るにはちょっと気恥ずかしいが、本作、特に収録作の『Ticket 05 ツバクラメと幸せの王子様と夏の扉』は『恋』の話だと思う。もっと言えば、『人が人を想う』という事の物語だし、その『人』は人間だけを意味しない。この辺りは同氏の『スワロウテイル』シリーズを読んでいる読者であれば周知の事だと思う。

 ここで話は横道に逸れるのだけれど、小説や漫画、或いは映画等で、登場人物と自分が同名だったりするとちょっと動揺する自分がいる。自分の場合、同姓同名という事は殆ど無いし、名前も今となっては結構古風な名前だろうと思うので、そういう機会はまず無い。ただ本作には珍しく同名の登場人物がいて、少なからず感情移入してしまった。だからこれから書く感想は、いつも通りのフラットな状態で書いているものではない可能性がある事をお断りしておかなければならないだろう。まあ、そんなに大層な感想でも無いけれど。

 さて、最初に「本作は『恋』の話だと思う」と書いた。最近はご無沙汰だけれど、自分も昔は人並みに異性に『恋』をしていた時期があったと記憶している……って改めて書くと本当に恥ずかしいな。まあそれはそれとして。

 気を取り直して、『恋』についてちょっと考えてみる。なるべく客観的に、自分の中のアレやらコレやらといった地雷を踏まない様に、爆発物処理班並みの慎重さで。

 思春期を過ぎている人なら、誰でも初恋の記憶というものを持っているだろうと思う。相手の性格というか、人となりを知って好きになる事も恋なら、顔が可愛い子に一目惚れする事だって恋だ。「つまり恋とは錯覚である」などと書くといかにもそれっぽく聞こえる。でもそうやって韜晦してみせたところで、自分の気持ちを客観視する事は難しい。ちなみに『韜晦』と変換しようとして、一度『倒壊』と誤変換したけれど、こっちもあながち間違っているとは言えない気がする。自分の人格とか、性格とか、価値観がどんなに確固として揺るぎないものだと思っていても、ひとつの恋はそれらをものの見事に破壊してくれたりもする。まさにガラガラと音を立てて自分が崩れ去っていく経験をした人もいるかもしれないけれど、その動揺は、思い返せば結構楽しいものだったりするのではないだろうか。

 最近、音楽配信サービスのCMで、彼氏と別れた女性が『本当はロックが聴きたかった。アイツの趣味なんてどうでもいい。3500万曲と、生きてやる。』と呟くシーンがあって、それが妙に記憶に残っている。自分は好きになった相手に合わせて着る服や音楽の趣味を変えたり、読む本のジャンルが変わったりした事はないけれど、CMの様に好きな曲が変わる事にしたって「相手に合わせて無理をして自分を偽る」というのではなくて、恋をすれば誰でも自分の中の「相手を好き」という気持ちが全ての行動原理になるから、自然に自分が変わって行くのだろうと思う。その恋を失った後で、また自分を見つめなおす事も含めて。まあこんな事をしたり顔で言ってみても、自分はそこまで恋愛経験が豊富ではないので、こんな中年の言う事を信用してはいけない。

 で、何が言いたいかといえば、恋が人の行動原理になるのだとして、自分達はどれだけのものをその恋に捧げられるのだろうという事だ。それが音楽の趣味や着る服の好みといったものならばまだ良い。仮にその恋が、自分の残りの人生全てに影響を及ぼす様な、或いはその人生の時間全てを捧げる様な決断を迫る時、自分はどうするのだろう。例えば恋をした人と再会する為に、冷凍睡眠に入らなければならない、とかね。

 「たとえ世界を敵に回しても」みたいな言い回しは使い古されているのだろうけれど、それと同じ様に恋の為に世界を、また自分の今の人生を全て捧げる事が出来るのかどうか。それ以前にそこまでの恋をする事が出来るのかどうか、という話もあるかもしれないけれど、とどのつまり、そんな出会いを、その一期一会を、自分達は求めているのかもしれない。

 “「百年の恋、ですか」”と『T・B』の様に呟いてみる。
 ある意味使い古されていて、陳腐に聞こえる言葉。でも実際に恋をしたら、誰でも自分の気持ちを、そんな風に客観視する事は出来ないのだろう。そして自分の気持ちひとつであっても、自分の思い通りにはならないという事実に気付かされる。でもそれは、悪い事ではないだろうとも思うのだ。現実のままならなさとは違う、希望に繋がる様なままならなさ、とでも言えば良いのだろうか。上手い言葉が見付からない。まあ無邪気に「自分もそんな恋がしてみたい」なんて言える程、もう自分は若くないけれど。

 

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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