強者に挑む、弱者の矜持・鳳乃一真『Slave†Money』

 

 何だか本の感想を書くのも随分と久し振りになってしまったけれど、一応、生きております。いやー、4月は仕事がなかなか片付かなくて。

 自分が何で仕事をしているか。それも自ら望んだ理想の職業や、天職と呼べる様な充実した仕事ではなくて、人から頼まれた仕事を黙々とこなす何でも屋の様なストレスフルなサラリーマンをしているのか。それは間違いなく金の為であってそれ以外に理由はない。怠惰な事を言わせてもらえば、もしも自分にこの先一生食うに困らないだけの資産があれば、会社を辞めて日がな一日本を読み、こうして感想を書いたりしながら暮らしたい。しかし悲しいかな、現実はそうも行かないので、自分は明日になればまた重い腰を上げて会社に出勤し、自分以外の誰かの都合で持ち込まれるしょうもない(最近は本当に冗談抜きでしょうもない事案が多過ぎて辟易するのだけれど)仕事を黙々とこなす。取り敢えず次の給料日までは。生活を安定させる為に。糊口を凌ぐ為に。

 『お金で買えない価値がある』という言葉はカード会社のキャッチコピーであり、その後には『買えるものは、○○カードで』という台詞が続く。事ほど左様に、この世の中の大抵のものはお金で贖えるという事だ。「生き甲斐」とか「達成感」とか、お金に換算され難い価値もあるにはあるけれど、それはお金が不要であるという事を意味しない。

 よく、『勝ち組』と称される人達や起業家等が、自身の言動について批判的なコメントが寄せられた際に反論として口にするのは「文句を言う暇があったら、自分も『勝ち組』になれる様に動けばいいじゃん」という事だったりする。ブラック企業に勤めるのが嫌ならホワイトな会社に入れる様に自分の価値を高めて行くしかないのであり、もっと言えば人に使われる事が嫌なら起業すれば良い。政治家が血税を浪費して好き放題やっているとか、官僚が既得権を握ってうまい汁を吸っていると思うのなら、自分も政治家や官僚になれば良い。それをしない怠惰な人間が文句を垂れるのは筋違いだ、という話だ。これに関しては人それぞれ思う所もあるだろう。自分も釈然としない部分はある。ただ一方で、世の中のルールとして『金と権力を握っている人間が上位に立てる』という事実がある以上、貧者や弱者がその地位のままで何を言っても、何も変わらないし、変えられないという現実がある。

 本作『Slave†Money』もまた、金と権力、そして暴力の話だ。
 13年前。財政破綻と戦争を経験した『日和(ニホン)』は奇跡的な復興を遂げる一方で、それまでとは異なる価値観に染まって行った。曰く、金を持つ者が強者であり、貧しい弱者が強者に虐げられる事は『当然である』。
 モラルや道徳というものは依然として存在しているのだろう。ただ、弱者が強者に従わなければならないという事について言えば、それがより明確になり、例えば金貸しが取り立ての為に相手を殴る様な行為は黙認される様になった。それが新しいこの国の規範である、とでも言う様に。それが嫌なら、自分も金を手にするしかない。金こそが力というルールの中で成り上がるしかない。

 そんな国に13年振りに帰国した男、禅十郎は、身内の借金を肩代わりする羽目になる。そもそも自分に帰国を促した父親の訃報も金貸しヤクザからのものであり、嵌められた事に気付くも後の祭り。その後は日々取り立て屋の若造から殴る蹴るの暴力を受ける事になるのだが、更にはそんな禅十郎の債権を買い取ったという女子高生、闇神閻麻の『奴隷』にされてしまう。彼女の望みは、ある目的の為に大金を稼ぐ事。そしその手段は、地下カジノ《グラディエート》で行われる殺し合いゲームで勝者となる事だった。かくして奴隷闘技者となった禅十郎の戦いが始まる。

 普通、「金と権力こそが全て」という様な価値観は、少年漫画の主人公的な正義感に否定されるものだ。しかし本作では、その価値観自体は前提として飲み込んだ上で、貧者=弱者が強者となる為の戦いに挑んで行く事になる。

 金を持つ者、権力を握っている者が強者だというのであれば、自分は間違いなく貧者であり、弱者だ。弱者が強者を否定しようとする時、取り得る方法はいくつかある。その中のひとつはルールそのものを否定する事だ。ボードゲームで言えば盤面をひっくり返そうとする行為だし、ゲームから降りる事を一方的に宣言する行為でもある。例えば「世の中金が全てではない」とか「お金で買えない価値がある」という言葉を信じてみようとか。ただ現実が厳しいのは、自分の都合でゲームから降りる事が許されないという事なのだが。そしてもうひとつは、あくまで今存在するルールを守った上で、飲み込んだ上で、今は強者である相手よりも上の立場に成り上がる事だ。

 前者よりも後者の方が厳しいのか、或いはその逆なのか。自分には判断が難しい。ただ「どちらがより正しいのか」という議論が成り立つものでもないのだろうと思う。何故なら人間は自分が信じたいものを信じる事しか出来ない生き物だからだ。金と権力を信じたい人間はそれを信じて生きて行くのだろうし、その競争で勝つ事が出来なかった自分の様な人間は別の場所に救いや本質を求めたがるというだけの話だ。だから本作に登場する禅十郎や閻麻がルールの中で強者に戦いを挑み、相手を脅かす姿を見ると、痛快である一方、忸怩たる思いも這い上がってくる。何故ならそれは、自分が無理だと思って投げ出した戦い=生き方でもあるからだ。

 奴隷は金が欲しい。自分だって金が欲しい。ならばその為に何かしているか? 戦っているか? 血を流しているか? そんな弱い人間の急所を本作に突かれた気がした。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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