息詰まる賢しさよりも愚かさを・江波光則『ボーパルバニー #2』

 

 まさかこの話が続くとは……。
 『ウィザードリィ』に登場する首狩り兎、ボーパルバニーから着想を得た前作『ボーパルバニー』から続く2作目ともなれば、その元ネタも『狂王の試練場』から『ダイヤモンドの騎士』になる訳だけれど、それにしても甲冑姿の傭兵が登場する辺り、割とシュールな絵面な気がする。でも元ネタが『ダイヤモンドの騎士』ならば、そりゃコッズ・アーマーやコッズ・ガントレットが登場するのもやむなし。

 とまあ、元ネタを知っていると楽しめる小ネタも多いけれど、ウィザードリィを知らなくても作品を楽しむのに何ら問題はないので、自分の様なオッサン世代よりも、もっと若い読者に読んでもらいたいところ。

 さて、今作には首狩りバニーガールのみならず、カウガールに女執事、巫女服の女剣士にチャイナドレスの女、フルプレートメイルを着込んだ傭兵に片腕が義手(ガントレット)の男と、六尺棒を振り回す棒術使いまで登場する。正直盛り過ぎではないかと思うのだが、ここまで盛りに盛ってもなおスピード感が損なわれない辺りが江波氏らしさなのだろうか。相変わらず人もバタバタ死ぬし。

 本来、小難しい解釈が必要な作品ではないので、エンタメとしてアクションやバイオレンスを楽しんでいれば良いと思うのだけれど、無粋を承知で語るならば、江波作品に共通するテーマは「自分の欲を誤魔化さない人間」を描く事にあるのではないかと思う。

 強くなりたい。金が欲しい。性欲を満たしたい。クスリをキメてでも多幸感を味わいたい。他人に指図されたくない。むしろ他人を支配したい。復讐したい。数え上げればきりがないが、そういう人間の欲望に何とか蓋をして、自分達は生きている。そうやって生きる事が『賢い』のだと教わって来た。我を通そうとすれば他人と衝突する。そうすれば相手が傷付くか、自分が痛手を被る。無駄な衝突はお互いに避けるべきだし、仮に自分の欲望を満たそうとする行為が犯罪に発展するならば、警察にパクられるというリスクも伴う。相手がムカついたから刺しました、なんて話にならない。頭が悪い。刹那的な欲求を満たす為に、人生を棒に振る危険を冒すなんてどうかしている。考え無しに行動する奴は愚か者だ。

 でも、本当にそうだろうか。

 人から教わった通りに、リスクを避け、安全牌を取り、自分の中の欲望から目を逸らして蓋をして、『賢い』真っ当な人間であろうとする事に嫌気が差す瞬間が無いだろうか。真面目に、善良に生きようとしているのに、「正直者が馬鹿を見る」様な落とし穴に嵌ったり、他人からいいように扱われて、しかも相手はお咎め無しだったりする様な理不尽に晒された事は無いだろうか。自分はある。これまで何度もそういう目に遭って来たが、そんな時、こんな風に思わないだろうか。

 『自分は一体誰の為に、何の為に生きているのだろう』

 聞き分けの良い大人であろうとする事が、自分の人生を豊かにしてくれただろうか。
 自分よりも他人の事を優先する様な思いやりが、仇で返された事はないだろうか。
 自分本位な人間に振り回された事はないだろうか。

 自分が一歩退いて他者との衝突を避ける事や、話し合いの中で相手を思いやって譲ったり、自分から折れたりする事。それらは正しい事だとされている。良い事だと、賢い選択だとされている。しかしそれをいつも続けていると、虚しさが這い上がってくる事がある。自分の人生が、自分のものではない様に感じる瞬間がある。

 江波作品の登場人物達は、それらを蹴散らす。どこまでも自分本位に生きる。自分の中の欲望に蓋をせず、自分や世間にとって都合の良い言い訳で諦めたりしない。その結果、大抵の人物は破滅を迎える。他者と衝突し、弱かった方は砕け散り、バタバタと死んで行く。でもそれは残酷さや凄惨さとは無縁で、陰惨ではない。むしろ清々しい。人の死が清々しいなどと言ったら怒られるかもしれないが、そこには自分の生き方を選択し、全てを燃やし尽くした人間にしか到達し得ない境地がある。

 現実的に考えれば愚かでしかない選択なのだろう。ただ、自身を摩耗させ、自分の生を見失っていく『賢さ』と、周りを見ずに自分の中の欲望を突き詰めて行く『愚かさ』のどちらを取るか選ぶ事が出来るのなら、愚かでありたいと思う人は多い筈だ。それを許さないのは、しがらみや良識といったものによる自縄自縛なのだろうと思う。皆そうやって自分を縛る事で、何とか今日を平穏無事に生きている。でもそれだけだと疲れてしまうから、自分が磨り減ってしまうから、時に本作の様な物語に触れる事で『生き苦しさ』から逃れようとするのかもしれない。窒息しそうな日々に、風穴を開けて欲しくて。

 まあ、そんな息抜きを挟んで、また元の息詰まる様な日々の暮らしに戻らなければならない辺りが、現実を生きる自分の限界なのかもしれないけれど。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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