もう一度変身できるなら・竹宮ゆゆこ『砕け散るところを見せてあげる』

 

 読みながら、『ヒーロー』って結局何なのだろう、という事を考えていた。いわゆる「正義の味方」の事を言う場合もあるだろうし、偉業を成し遂げた英雄を指す事もあるだろう。中にはもっと身近な、『誰かにとってのヒーロー』もいる。本作で繰り返し語られる『ヒーロー』とは、その中のどれを指すのだろうか。

 話は少し、作品から離れる。
 自分には歳の離れた妹がいるのだが、その妹も結婚して子供を産み、自分はおじさんという事になった。頼りない兄が未婚でふらふらしている間にしっかりと『母親』になった妹は、2人目の子供を産んで、つい先日まで実家に戻って来ていた。ちなみに今度もまた男の子だ。上の子は3歳になり、今は仮面ライダーと戦隊ヒーロー、それからウルトラマンにもハマっている。それに付き合っている間に、自分もここ最近の変身ヒーローについてだいぶ詳しくなった気がする。

 『仮面ライダーゴースト』の変身ベルトを腰に巻き、まだ3歳だというのにきちんと「変身!」と叫んでポーズを決める甥っ子を見ながら自分が思うのは、いつから自分は変身出来なくなったのだろう、という事だ。自分はもう、自分が正義の味方だとは思えない。そして、そんな事をぼんやりと考えている自分の前で、変身を完了した甥っ子が仁王立ちでこちらを指差す。

  「お前は、悪い奴だ!」

 思わず吹き出しそうになる。やはり正義のヒーローには、悪い奴が分かるのだ。「普通の人」の皮を被っていても、悪は見抜かれてしまうものなのだろう。そして甥っ子の放つ必殺技が、悪の怪人を粉砕する。自分はやられる。でも、何度も蘇る。悪というのはそういうものだ。何度倒しても、悪は消えない。甥っ子が遊びに飽きるまで、自分は何度でも蘇る。

 そんな『往生際が悪い悪の怪人』である自分は、同時に『正義の味方の味方』でもあって、彼がヒーローとしてパワーアップ出来る様に新たなアイテムを授けたりもする。具体的にはディープスペクターのゴーストアイコンを与えたり、ガシャポンをねだられて回したりする。すると甥っ子はパワーアップして悪の怪人は更にやられる事になる訳だが、自分はそれでいいのだと思う。子供の前でヒーローになる事が出来なければ、子供をヒーローにしてやればいい。自分はそれにやられる怪人でいい。何ならその他大勢の戦闘員でも構わない。どうせ社会の中での立ち位置だって似た様なものだ。

 かつては誰もが子供だった。それと同時に、正義の味方だった。ヒーローだった。自分にもそんな頃があった筈だ。でもいつからか、自分はそれをなくした。気が付いたら自分は「悪い奴」になっていた。それも3歳の子供に見破られるレベルの。ならば自分は間違いなく悪い奴だ。もっと悪い奴としての自覚を持たなければならない。

 社会という悪の秘密結社の中で、自分は数々の不正や不道徳、不寛容、差別、偏見、利己主義、それらから来るイジメや迫害といったものに目をつぶって生きる事を覚えた。それどころか時と場合によっては加担する事さえあったかもしれない。いつの間にか世界は善の白と悪の黒に塗り分けられた場所ではなく、どこまでも灰色になっていた。自分はその灰色の世界に突っ立っている、半端な悪者といった所だ。それでよしとするのか、守るべきものを守り通す為に、虚勢を張ってでももう一度、誰かにとってのヒーローになる事を選ぶのか。本作が問うているのは、意外とそんな事の様な気もする。

 本作では、高校でイジメの現場に遭遇してしまった少年が、イジメを受けていた少女に手を差し伸べる。正しい事を正しいと、間違っている事を間違っていると言う事は、この位の年頃になっていると意外と難しい。3歳の子供が持っている当たり前の正義は、次第に汚れ、くすんでしまうものだから。それでも少年は少女を助けた。そうするべきだと思ったから。それは加害者を責めるのではなくて、ただ黙っていじめられている少女の姿を見て、こんなのは間違っていると感じたからなのではないかと思う。ただ、少女に影を落としていたのは、同級生からのイジメだけが原因ではない事が次第に明らかになる。少年はそれでも少女のヒーローでいられるのだろうか。彼女を救う事が、出来るのだろうか。

 英雄になる事は難しい。正義の味方でいる事も難しい。自分に出来るのはきっと、誰かにとっての、ささやかな居場所でいる事くらいだ。誰かに必要とされる事。他人からすれば取るに足らない存在である自分を認めつつ、それでも誰かにとっての、自分が大切だと思う人にとってのヒーローたらんとする虚勢を張ってみる事。それがかつて正義の味方であり、今は社会の中で悪い奴に成り下がった自分が、もう一度変身する為の方法なのかもしれない。もっともそれはまだ先の話で、その時まで自分は甥っ子に倒され続ける悪の怪人でいるのだろうと思う。何せ自分は『悪い奴』なのだから。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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