無数の傷が形作る心・水野昴『偽る神のスナイパー 2』

 

 えー、色々とありまして、ブログの書き方を忘れる位放置してしまいましたが、一応生きております。ブログの更新が止まっていた間ですが、特に体調不良だった訳でも無く、若干仕事の方がバタついたり『特撮のDNA展』と『シン・ゴジラ』を観に行ったり世間様が『ポケモンGO』で大盛り上がりしている最中今更『Ingress』の方をやり始めてポータルを探して歩きまわったりしていたせいで読書していなかっただけです。その中でも主な原因は『Ingress』かと思われます。ちなみに所属はエンライテンド(緑)です。いや、だからどうしたって話ですが。

 さて、ここからは何事も無かったかの様にいつも通りの感想を。
 前作『偽る神のスナイパー』で、主人公、円吹芽は過去の因縁に決着を付け、スナイパーとして戦線復帰を果たした。そのパートナーであるザイシャも少しずつチームに馴染み、スナイパーと観測手(スポッター)として信頼関係を深めつつある。そんな中、仲間である椚茴香の仇敵が新たな脅威となって都市を襲う。再びの惨劇の中、茴香は自らの過去と、内に秘めた憎悪に向き合う事を強いられる。

 前作で主人公が過去を乗り越えた事で、今度はその仲間達の過去が掘り下げられるという展開は王道だと思う。復讐劇という構図も分かり易い。前作でも語られた事だが、過去の因縁に囚われた人間は、それを乗り越えなければ先に進めない。それが復讐という暗い情念の炎を燃やし続ける様なものであったとしても、一度囚われた心は、正しく相手にぶつけなければ解放される事はない。現実を生きる自分達も、程度の差こそあれ、過去の体験に、また過去の自分に囚われて生きている。

 本作の様に、それが命のやり取り――例えば家族を殺されたとか、逆に殺したとか――までは行かないにしろ、陰湿なイジメに遭ったり、肉体的、精神的な暴行を受けたりする事で心を傷付けられた人はいると思う。その傷跡がいつまでも傷み続ける人もいるだろうし、日々の暮らしの中で傷みを忘れる事が出来た人もいるだろう。ただどちらの場合でも、その傷は完治し、消え去るという事は無くて、ずっと同じ場所にあり続けるものなのだろうと自分は思う。

 生まれたばかりの人間の心が、何ら傷を負っていない、綺麗で無垢なものなのだとすれば、生きるという行為は、そこに大なり小なり無数の傷を付けて行く事なのではないだろうか。軽微な傷は個性となって人格を形作る手助けになり、深く抉る様な傷はトラウマと呼ばれる。ただ何れにせよ、そんな傷だらけの『自分の心の形』は、その人が生きて来た記録でもある。

 今現在の自分は、過去の自分の延長線上に立っている。たとえ目を逸らしたくなる様な過去であっても、それは今の自分が立っている場所に至る為に、過去の自分が通って来た道であり、『無かった事』にする事は出来ない。過去を否定する事は、今の自分を否定する事にもなる。だからこそ、恨みや復讐というものは人を縛り続ける。もうそんな暗い過去は捨て去って、前を見て歩くべきだと自分の中の『理性』は言うだろう。ただ多くの場合、人がそうした理性に従って生きる事が出来ないのは、今こうしてここに立っている自分の形を、たとえそれが歪なものであったとしても、否定する事が出来ないからだ。

 綺麗に、健やかに、心穏やかに生きる事を多くの人は望む。でもその願いは往々にして聞き入れられない。自分の胸に手を当ててみれば、そこには見えない傷が縦横に走っている。今も痛むものもあれば、もう痛まなくなったものもあるだろうけれど、指先に感じるその消えない傷跡をなぞる様にして、自分達は今の自分のあり方を定めているのだろう。過去が無ければ、今も無いのだという風に。

 自分達の心の形は、その『傷付き方』で出来ている。そう考える時、過去に『囚われている』と感じるか、過去を『乗り越えてきた』と思うのか。人の心という奴は、案外そうした些細な感じ方ひとつで明暗が分かれるものなのかもしれない。たとえ傷だらけであったとしても、歪であったとしても、その心の形を自分が許せるのかどうか。認められるのかどうか。それは他ならぬ自分が決めるしかない事なのだろう、きっと。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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