重荷を背負って、それでも前へ・岡本貴也『世界が記憶であふれる前に』

 

 『君の名は。』『ノーウェアマン』と、最近は人の記憶や思い出にまつわる作品に多く触れている様に思う。
 大切な思い出が記憶から消えて行く事の儚さや切なさ。また自分の存在が周囲の人々の記憶から消え去っていくという事への恐怖と、他者が自分の存在を記憶の中に留めてくれる事がもたらす救い。それらはある意味で記憶や思い出といったものが、人が生きて行く上での支えとなり得る事を表している。それは記憶の『正の側面』だろう。しかしながら、一方で自分達は「忘れてしまいたいのに忘れられない負の記憶」を抱えてもいる。

 例えばイジメに遭った記憶。失敗や恥の記憶。誰かを傷付けた、或いは誰かに傷付けられた記憶。肉体的、精神的、性的な虐待の記憶。そういった負の記憶は重荷となって自分達を縛る。「忘れてしまう事」と、「忘れられない事」とでは、どちらがより辛いだろう。

 大切な記憶を忘れてしまう事を悲しいと感じる一方で、その『忘れる』という機能によって守られている部分も自分達にはある。辛い事を辛いままで、苦しい事を苦しいままで、色褪せない記憶として、癒えない傷として心に刻み込まれる事は、やはり苦痛を伴う。生きて行こうとする意思を挫く程に。

 本作、『世界が記憶であふれる前に』では、正にその『忘れる』事を奪われた女性、柱崎ナノの視点から、文字通り『過去に囚われている』彼女が求める救いとは何かを描いている。

 柱崎ナノ。右足が不自由で、常に引きずる様にして歩かねばならない事を除いては、およそ欠点というものが見当たらない。容姿端麗。東大理科Ⅲ類に現役で合格し、学内の成績でも群を抜いている。しかし彼女には秘密があった。それは『超記憶症候群』と呼ばれる障害を持っている事。彼女は8歳の夏から、文字通り全てを記憶している。例えばそれは「2008年8月8日は何曜日?」といった質問を何も見ずに即答できる様な、サヴァン症候群に似た性質を持っているのだが、彼女の場合は文字通り「全て憶えている」事によって、過去の記憶を即座に参照できるという事だ。東大合格や成績優秀のタネは、問題集や参考書、医学書の類を全て丸暗記出来るから。座学に限って言えば常にカンニングをしていた様なものだが、それは誰にも見破られる事は無かった。そして医者になるつもりもなかったナノは、用は済んだとばかりに大学を中退する。未来に希望など無かったし、将来の夢などとうに捨てていた。むしろ彼女には『限界』が近付きつつあった。

 彼女の限界。それは、「忘れられない」事によって記憶がオーバーフローし、突然始まる過去の記憶の再生に飲み込まれる様にして、意識が過去に飛ばされてしまう事。しかもその頻度は次第に高まり、意識が過去に囚われる時間も長くなり始めていた。このままでは『現在』を生きる事が出来なくなる。記憶に殺される。そんな自分を守る為にナノが辿り着いた結論は、余計な記憶を増やさない様に一人で生きられる環境を作る事。そしてその為の金を稼ぐ手段は、能力を利用しての犯罪行為だった。

 彼女は利用者に富裕層が多い高級スーパーでレジ打ちのバイトをする。そしてクレジットカード払いの顧客に当たると、そのカード番号や利用者名、裏面のセキュリティコード等を丸暗記する。カード情報を入手する為だけのバイトだから、初日でさっさと辞めてしまう。勤め先に提出する履歴書の情報は詐称。そしてクレジットカードのショッピング枠を現金化する手法で金を手に入れ、マネーロンダリングする。その手口で手に入れた金は2億。それは、「これから先、一生余計な記憶を増やさずに隠遁生活を送る為の金」だった。

 一方、もうひとりの主人公である並河ソライは、恋心を利用されて連帯保証人にされ、質の悪い金貸しに多額の借金を背負わされる。それでも返済期限までに金を返さねばならないと親や友人から借金をし、最後に自分の預金を引き出そうとした所で、預金口座から300万円が消えている事に気付く。彼は知る由もなかった。携帯の充電器を買う為に駆け込んだスーパーのレジで、慌てて落とした財布に入っていたネットバンキング用の暗証カードの情報を、柱崎ナノに盗み見られていた事に。

 犯罪者と被害者という最悪の出会い方をした二人だったが、その関係は次第に変化して行く。陸上競技の長距離走者として、体力の限界が来ても足が動かなくても『前へ前へ』を合言葉に生きて来たお人好しのソライに、右足を引き摺りながら過去の記憶に押し潰される様に歩いて来たナノが心を開いて行く過程は、彼女が犯罪者であるという事を差し引けば共感できる部分もある。

 情状酌量の余地があるとは言えナノのした事は犯罪であり、金持ちからであれば盗んでも構わないという理屈は通らないし、盗んだ金を返せば帳消しに出来るというものでもない。物語には描かれない舞台裏では、彼女が2億という金を掻き集める為に行った犯罪の被害に遭って人生を狂わされた人間も間違いなくいる筈だ。自分も含めて、その事がひっかかる読者もいるかもしれない。ただ、その上で思うのは、やはり人間と記憶というものの分かち難い関係性についてだ。

 思い出が支えになってくれる事がある一方、過去に囚われる事は重荷を背負う事でもある。自分達は良い思い出だけを選別して記憶したり、思い出したりする様な器用な真似は出来ない。良い記憶も、辛い記憶も、自分達はこの頭の中に一緒に持っている。抱えている。背負っている。出来得る事なら、その中でも良い記憶を残したいし、良い記憶を共有し、辛い記憶を分かち合える相手を求めてもいる。本作で言えば余計な記憶を増やさない為に、他者や外界との繋がりを全て断って、たった一人の世界を作ろうとしていたナノが、ソライという他者との関係に救いを見出して行く過程がそうだ。『超記憶症候群』という大掛かりな仕掛けがなくても、自分達だって、自分達なりの記憶を積み重ね、それをある時は救いに感じたり、またある時は重荷に感じたり、揺れ動きながら前へ歩いている。

 ソライの様に前向きに『前へ前へ』と唱えながら走る事は誰にでも出来る事ではない。誰もが陸上選手の様な精神力や脚力を持っている訳ではない様に。それでも立ち止まる事が許されない時間の流れの中で、自分達はそれぞれのペースで前に進んでいる。時に道に迷いつつ、自分が前に進めているのかどうか疑いながら、それでも『前へ前へ』と。その、本来は孤独な歩みを共に出来る相手がいるかどうか。それがこの長い道程を完走する為に必要な、陳腐で単純な、けれど大切な事なのかもしれない。

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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