「煮え切らない」という強さ・冲方丁『マルドゥック・アノニマス 2』

 

 唐突だが、自分は『自分の正しさを信じて疑わない人間』が苦手だ。

 思想や哲学、政治信条や信仰など、人はそれぞれ『自分が信じる正しさ』を持っている。いや、「寄りかかっている」とか「依拠している」とか、もっと言えばその正しさを疑わない事によって、またそれを精神的支柱として自分なりの肉付けを施す事で『自分』というものを形作っていると言えるかもしれない。

 例えばバックボーンという言葉が文字通り「背骨」の事を言うのに加えて「思想や信条等の背景」や「精神的支柱」の事を指す様に、自分達は何らかの正しさを信奉する事によって=それを決して揺るがない柱として、『背骨』として自らの体内に取り込む事で、初めて2本の足で立つ事が出来ているのかもしれない。

 また、粘土で塑像を作る時には芯となる木や針金で荒い骨組みを作り、そこに麻紐などを巻いた上で粘土を付けて行く訳だが、自分達もまた同じ様にして自分の精神を形作っているとは言えまいか。その時拠り所とするもの。自分が信じる正しさ。或いは信仰。それらに肉付けされた『心』の形は人それぞれだが、その奥には骨組みが隠されているのだろうし、その原型の形から逸脱する事は難しい。

 そういえば籘真千歳氏の『スワロウテイル』シリーズに登場する人工妖精達には『精神原型』というものが設定されていたけれど、翻って自分達人間の心が真に自由な存在であって、そうした原型の束縛を受けないものなのだとは到底思えない。自分達の心にもまた何かの原型はある。それが他者から与えられたものなのか、自ら見付けたものなのか、或いは自ら見つけたと思い込んでいるだけで誰かの思惑の通りに植え付けられたものなのかは知れないが。

 ここでようやく、話は本作『マルドゥック・アノニマス 2』に至る。
 そこではこんな事が語られている。

“人間が群をなすと、そこに独自の善悪の基準をもうけるようになる。ルールができあがってゆく。そのルールの外にいる者を、人間とみなさなくなる。それまで敵意が生まれるはずのなかった場所に、強迫と強奪がまかり通る。そしてその頃には、群を成り立たせる欺瞞は、不可侵にして聖なるものとして扱われるようになる。なんぴともそれを覆せず、疑念を呈する者は、勢力の敵とみなされる。やがてその疑念が一つまた一つと忘れ去られ、新世代にとっては生まれたときからの常識となったとき――勢力は社会そのものとなる”

 端的に言えば、こうした表現が生まれるからこそ自分はこの物語が好きなのではないかと思う。ウフコックという名の『煮え切らない』ネズミが、自分の存在そのものや、信じる正しさに疑問を持ち、揺らぎ、悩み、それでも生きる姿が好きなのだと思う。

 ウフコックは人格を有したネズミであり、それと同時にあらゆる道具に変わる事ができる『万能道具存在』でもある。だからだろう。『自分の形』というものを、肉体的な意味でも精神的な意味でも常に意識し、客観視する事になる。

 「自分は正しいのか?」

 そう疑う事は、疑い続ける事は多くの人にとって――もちろん自分にとっても――辛い。
 疑うという事は、揺れ動く事だ。自分の心の中にある背骨や原型の形、その正しさを疑えば、その上に肉付けされた自分の心の形もまた大きく変化せざるを得ない。それは拠り所を失う事であり、自分が依拠する精神的支柱を失う事であり、『自分が信じている自分』という形が反転してしまう可能性をもはらんでいる。新しい自分によってこれまでの自分の全てが否定されるかもしれない。そう考えると不安になる。だから辛い。そんな辛さと向き合うくらいなら、何かひとつの、決して揺るがない(と自分が信じられる)価値観を取り込んで、その正しさを疑わず、自分の背骨として、支柱として、心の形として生きる方が楽だ。だからこそ、その価値観、その正しさを脅かす存在は敵だという事になる。そして作中から引用した様に、自分達は『敵』の存在を見出し、一方的に敵意を募らせ、攻撃と排除を是とする様になる。より強く、より固く。強固な存在となる事で相手の攻撃から身を守り、また自らの攻撃力を高めようとする。

 価値観の異なる者。信じる正しさの異なる者。その対立に話し合いの余地はない。自分が信じる正しさが強固であればある程、自分自身の心が頑なであればある程、相手の正しさを受け止める事は出来なくなるし、自分の心の変容は許されなくなる。冒頭で「自分は『自分の正しさを信じて疑わない人間』が苦手だ」と切り出したのは、こうした頑なさを抱えた他者との衝突によって傷付く事がままあるからなのだが、自分も無意識に同じ過ちを犯していないとは言えないだろう。

 強く。もっと強く。もっと固く、強固にならなければならない。自分が信じる正しさが脅かされない様に。自分が傷付けられない為に。自分の存在が打ち砕かれない様に。

 だが、本当の『強さ』なるものがあるとしたら、自分は『柔軟さ』の中にこそそれは存在する様な気がする。『煮え切らない』事。自分の正しさを疑いながら、時にその不安に押し潰されそうになりながら、それでも自分のあるべき形を模索する事。ウフコックの様に。

 そこまで考えて、やはり自分はこの物語が、『これは一匹のネズミがその生をまっとうし、価値ある死を獲得する物語である。』と1巻のあとがきで定義された物語が、ウフコックにとっての幸福な結末に至って欲しいと願わずにはいられない。それはきっとこの世界にまだ存在するだろう『煮え切らない』人々にとっての救いにもなるだろうと思うから。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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