ひとりぼっちの孤独を抱えて・竹宮ゆゆこ『あしたはひとりにしてくれ』

 

 主人公の高校生、月岡瑛人は、進学校に通うごく普通の少年だ。両親がいて、兄思いではあるけれど、ちょっと脳筋気味なおバカな妹がいて、同じ屋根の下には何故か親戚のおじさんにして無職の居候も住んでいるけれど、皆ごく普通の『家族』として一緒に暮らしている。

 両親に迷惑をかけない様に、心配させない様に、学校で落ちこぼれない様に。とにかく真面目に『いい子』でいる事。予習復習は忘れずに、学校は皆勤で、友人は大事に。それを『普通』の事として繰り返す日々。けれど瑛人にも焦りはあった。他の誰にも明かせない闇があった。

 勉強で周囲に付いて行けなくなるのではないかという焦り。『いい子』でいる自分がいつか折れてしまうのではないかという焦り。今の穏やかな日々が、いつか失われてしまうのではないかという焦り。そんな焦燥を抱えた瑛人は、ある日発作的に「くまのぬいぐるみ」を殺して埋めるという奇行に走ってしまう。幼い頃から一緒だったくまのぬいぐるみ。その無機質な両目が、自分の事を常に見つめている気がして。自分がいつか『折れる』のを知っていて、それを今か今かと待っている『おばけ』の視線が、それに重なった気がして。

 気持ちが高ぶった時、焦燥感が抑え切れなくなった時。瑛人はくまのぬいぐるみを掘り返しては痛め付け、また埋める事を繰り返した。そうする事でしか発散できない感情があったからだ。けれどある事件によって、瑛人はくまのぬいぐるみを埋めた秘密の場所で、生き埋めにされていた女性を掘り返してしまう。『アイス』と名乗った彼女との出会いは、瑛人の日常を壊して行くのだが、その物語は思いもよらぬ方向に突き進んで行く。暖かい家庭の中にいる筈の瑛人が抱えた孤独と、アイスが抱える孤独。『ひとりぼっちのふたり』の『孤独』は、一体どこに向かうのだろうか。

 「くまのぬいぐるみをサンドバッグ代わりに負の感情を発散する少年が、生き埋めの女性を掘り返してしまう」というあらすじだけ見ると、ちょっと猟奇的でホラーの香りがするかもしれないが、この物語の主題は『愛』だったりする。いやほんとに。

 『知らない映画のサントラを聴く』『砕け散るところを見せてあげる』でもそうだったけれど、『竹宮節』とでも言いたくなる様な軽妙な語り口は読者をぐいぐいと引っ張って行く。そしてあれよあれよという間に、少年の焦燥と孤独の物語は、居場所を求め合う自分達の物語に重なって行く。本作で瑛人が見せる心の闇が、本当は彼の様な少年だけが抱えている特殊な感情などではなくて、自分達が日々求めているありふれた願い(でありながらなかなか叶えられる事のない願いであり祈り)である承認欲求なのだという事が明らかにされる過程が心地良かった。重いテーマを、重くなり過ぎない様に、時に笑いも交えながら最後までノンストップで語り切ってしまう作家は稀有なのではないかと思う。

 私事になるが、本との出会いというものは時に驚く程タイムリーな事があって、自分もつい先日、自分でも驚く程些細な事でキレてしまい、物に当たるという事を経験したばかりだった。ストレスが溜まっていたのかもしれない。心が弱っていたのかもしれない。理由は自分でも定かではないのだけれど、気付いたらキレていた。大声を出し、たまたま手元にあったボールペンを思い切り放り投げ、手近な壁を全力で殴った。(ただし、普段から拳を振るう事なんて全く無い人間なので壁は無傷で済んだし、傷んだのはむしろ拳の方だった)

 自分でも、自分がこんなキレ方をする人間だとは全く思っていなかったので、自分自身にうろたえてしまった。「なんだコイツ」みたいな。周りに誰もいなかった事が幸いしたというか、むしろ周りに誰もいなかったからこそこんなキレ方をしたのかもしれない。
 そんな経験をしたばかりだったせいか、瑛人がくまのぬいぐるみに対して感情をぶつけてしまう場面では、普段よりも感情移入して読んだと思う。

 『いい子』や『いい人』でいようとして溜め込んでしまう感情がある事。いつか自分が折れてしまうのではないか、この暮らしが台無しになってしまうのではないか、むしろ自分自身が『台無しにしてしまう』のではないかという気持ちは、胸に刺さった。同時にその根底にある感情はきっと『居場所を失う事』に対する恐れなのだろうと思う。

 毎日毎日ちゃんとしていないと、頑張っていないと、役目を果たしていないと、努力を続けていないと、走り続けていないと、きっと誰にも認めてもらえなくなってしまう。自分に価値が無くなってしまう。居場所を失ってしまう。そんな無意識下の恐れ。自分はここにいていいのかどうかという疑いの念。自分の価値を自分で否定してしまう様な悲観的な感情の波。そうしたものの中で自分達は生きていて、だからこそ居場所を求めているし、誰かの居場所になれたらとも思うのではないだろうか。相手も時に自分と同じ様な孤独感に苛まれる事があるのだと知っているから。もっと簡単に言えば、『独りは寂しい』という事を互いに知っているから。

 そんな居場所を求める人々の物語に付けられた題名が『あしたはひとりにしてくれ』である事。そこに自分達が何を感じ、どんな答えを返すのか。そこにこの歪で可笑しくて悲しくて愛おしい物語の核心があるのだと思う。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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