きっと世界はそんなに美しくはないから・坊木椎哉『この世で最後のデートをきみと』

 

 『きみといたい、朽ち果てるまで ~絶望の街イタギリにて』と同時刊行された本作。
 
 街のどこかに、メイド喫茶の客引き等に紛れて、ラミネートされた黒いメニューカードを持って立っている少女がいるという。表向きはデート嬢なのだけれど、正しい符牒を告げれば、自殺幇助や嘱託殺人に応じてくれるというのだ。代金はデート代込みで50万円。そんなネット上の都市伝説じみた噂話が本当だったとしたら、その少女はどんな人物なのだろう。そして、自分が望んだ形で最後を迎える為に、50万円という安くはない代金を用意して少女を探す『死にたがり』はどんな人達なのだろうか。

 さて、もう随分前になるが、鶴見済氏の『完全自殺マニュアル』という本がベストセラーになった事がある。確かあれは自分が中学生の頃だったから、もう20年以上も前に出版された本だ。若い人はその名前すら聞いた事がないかもしれないけれど、当時はちょっとした社会現象になった。

 本自体の内容は、「失敗なく確実に死ぬのに適した自殺方法は何か」「遺体が見苦しくならないのはどんな死に方か」「飛び降りで確実に死ぬなら何階以上の高さが必要か」等、正に『自殺のハウツー本』というか、今で言うライフハック(死ぬけど)的な内容を、敢えて淡々と、感情的な描写を省いて記したマニュアル本だ。

 本当かどうかは知らないが「自殺者の所持品に本著が含まれていた」「富士の樹海周辺を徘徊していた自殺志願者を地元の有志が保護したら本著を携えていた」等の逸話があり、著者が報道番組から「自分の本を読んだ結果、実際に自殺をした人がいる事についてどう思うのか」などと詰問に近いインタビューを受けたり、本著を世に出した事が自殺幇助に当たるか否か、出版停止にすべきではないかとの議論があったりした。自主的に売り場から撤去した書店もあったと思うし、今で言う所の『炎上』に近い騒動があったとも言える。結果として今でも普通に出版されている訳だが。

 自分は当時中学生でこの本を買った。単純な怖いもの見たさというか興味本位が半分。残りの半分は「上手く言葉に出来ない種類の感情」だったと思う。自分も死にたいとか、どうすれば死ねるのかとか、そういう差し迫った事というよりも、もっと漠然と、『死』というものの輪郭をなぞる様な知識を得たかったのだと思う。

 自分はこの『完全自殺マニュアル』に書かれたある逸話が好きだ。事実なのか創作なのかは知らない。それはこんな話だ。

 通称、『エンジェルダスト』と呼ばれる麻薬がある。それを入れたカプセルをペンダントにして持ち歩いている人がいるのだが、その人曰く「生きている事に、本当に耐えられなくなったら、これを飲んで死んじゃえばいいんだから」という事らしい。いざという時の死に備える生命保険の逆みたいなものだ。死にたくなった時の為の保険。自分で自分を終わりにする為のトリガー。

 「いざとなったら死んでしまえるんだ」「その方法を自分は確保しているんだ」という事が、今日を生きて行く上での――今日をやり過ごして行く上での――力になる人がいるという事。その『後ろ向きな前向きさ』という訳の分からなさは、逆に当時の自分にとって妙に胸が空く様な思いだった。この世界にはそういう事があるのだろうと、あっても良いのだろうと思えた。それが正しい事なのかどうか知らないが、正しい事だけで世の中が回っていない事もまた事実だと思う。或いは当時の自分もその人にとっての『エンジェルダスト』に近いものを欲していたのかもしれない。「では、今の自分は?」と聞かれると答えに窮するのだけれど。

 そして長い前置きの後で、話は本作『この世で最後のデートをきみと』に戻る。

 自殺志願者が死にたい理由。それを幇助する側の理由。動機。或いは背景。本作で示されるそれらは、まるで読者の感情移入を拒むかの様に「過剰に過酷な生い立ち」や「必要以上の苦難」に彩られている。親からのネグレクトの末に愛情の求め方が壊れてしまった者がいる。過剰なまでに正しさを追い求めて行った結果として、殺人ですら厭わなくなってしまった者がいる。こう言って良いなら、まともな人間はどこにもいない。皆どこかが壊れていて、皆が救いを欲している。

 自殺志願者にとっての救い=死を与える側の少女が有している闇は深い。深いのだが、でもそれは自分達がふとした瞬間に抱いてしまう死への願望から程遠いのかと言われればそれは否であるのかもしれない。

 自分達の苦しみと、彼等の苦しみが親しい事。

 それは作中の登場人物達の狂気でもなく、自分達の狂気でもなくて、この世界に生きる者達が時に抱いてしまう狂気に親しいのではないだろうか。

 この世界は正しい事だけで出来てはいない。この世界は優しさだけで出来てはいない。

 その事をどう受け止め、どう生きて行くのか。生きて行かざるを得ないのか。
 恐らく本作は、その事を自分に問うているのではないかと思う。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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