「既知」よりも「未知」を求めて・柞刈湯葉『横浜駅SF』

 

 新年明けましておめでとうございます。今年も一年、ゆるゆると本読みと感想書きを続けてまいりますので、お付き合い頂ける方はまったりとお付き合い下さい。年頭の抱負等は特に無い訳ですが、一応感想書きとしてはこれまで通り「ネガティブな感想は書かない」方針を貫いて行こうと思っております。

 さて、そんな今年の感想書きですが、昨年刊行の作品で読めなかった作品がまだ大量にありまして、まずは本作、柞刈湯葉氏の『横浜駅SF』を。以下、いつもの調子でお送りします。


 自分は弐瓶勉氏の漫画、『BLAME!』が好きだ。果てしなく巨大な階層都市を探索する物語に、何故か心惹かれる。だから、あとがきに記された様に『BLAME!』のパロディ色が強いプロットから生まれた本作にもまた、同じ様に心惹かれるものがある。

 自己増殖する『横浜駅』に侵食される形で本州のほぼ全域が横浜駅のエキナカと化し、人々はSuicaを体内にインプラントされ、『スイカネット』と呼ばれるネットワークに接続される事で初めて駅構内で生きる事を許される様になった世界。Suicaを持たない人間は自動改札や駅員に捕縛され、横浜駅の外に追放されるが、政府が崩壊した世界でエキナカから追放される事は、多くの場合、そのまま死を意味した。
 そんな横浜駅の外側で生まれた主人公のヒロトは、ある人物から『18きっぷ』を託され、生まれて初めてエキナカへと足を踏み入れる事になる。果てしなく広がる横浜駅の中で、彼は何を見付け、またどこへ導かれるのか。

 本州全域が横浜駅化した世界で、自己増殖する横浜駅の侵食を食い止める為に抵抗している組織が、北海道を本拠とする『JR北日本』と、九州の『JR福岡』であったり、明らかに映画『ターミネーター』シリーズに登場する『スカイネット』を思わせる『スイカネット』が人々を管理していたりと、一読した感じではパロディ色が強い。元ネタをどう使うかという部分で読者を面白がらせるやり方は二次創作的な面白さなのだが、そうした小ネタの積み重ねで『自己増殖する横浜駅』という荒唐無稽な設定を肉付けする事で世界観を固め、長編小説にまで練り上げるという筆者の力技は結構好きだ。読んでいて思わずクスッと笑ってしまう様な部分も多く、この世界観で更に外伝的な、或いは二次創作的な広がりを作って行っても面白いのではないかと思わせる。

 では、本作の魅力とはそうしたパロディ色の強い部分だけなのかというとさにあらず。自分がこうした物語を好む本当の理由は別の所にある様な気がする。それは本作の『元ネタ』である『BLAME!』にも言える事だが、きっと自分は『既知』に取り囲まれて生きる事の窮屈さを『未知』が大半を占める世界に触れる事で解消しようとしているのではないかと思うのだ。

 前にどこかで書いたと思うが、自分達は高度情報化社会で生きている。ネットワークは世界中を覆い、例えば地球の裏側で起きた事件を、自分達は一歩も動かず、部屋から出る事もなく知る事が出来る。それは便利である一方、自分達の世界を狭めている様な気もする。最早人類にとって未踏の領域は深海や宇宙にしか存在しないのではないかと思うが、それは閉塞感となって自分達の上に影を落としてはいないだろうか。

 例えばかつて悟りを開いたとされるブッダその人よりも、自分達は――あくまで知識の上だけではあっても――多くの事を知り得る力を有した。それが進歩であり、進化であるならば、自分達はより良い生き方や心のあり方というものに至っていなければおかしい。ネットワークの発達やテクノロジーの進歩というものは、自分達が「より良く生きる」為に成されてきた筈だからだ。しかし翻って自分達の生きているこの時代であったり、世界であったりを眺めてみると、自分達はまだそうした「より良い生き方」に到達していないばかりか、むしろ遠ざかってしまっているのではないかとすら思える。

 自分達は多分疲れ始めている。絶えず世界のどこかで紛争が繰り返されている事実や、閉塞化する社会のあり方に変化が見えない事に。自分を取り巻く社会が強固な枠組みを持っていて、個人の力でそれを変革する事が叶わず、むしろ自分のあり方を社会の形に合わせなければ生きて行けないという本末転倒に。そしてそれらがこれから先一生続いて行くのだろうという現実に。『全知全能』から『全能』を差し引いてみれば、後に残るのは「全ての事を知り得ながら何も出来ない」という無力感だ。自分達はきっと、その罠に嵌っている。

 だからだろうか。時に自分は『既知』の閉塞から『未知』の解放への逃避を試みる。まだ知り得ない世界があり、未踏の場所があるという希望に触れてみたい。既知のものに囲まれて、しかもその中のどこを探しても希望が見えないのだとすれば、いっそ広大な未知の世界の中に放り込まれてみたい。例えばどこまでも続く巨大な構造物の中で、自分の現在地も目的地も分からなくなる位に。そこにはまだ探索し、探求するだけの価値があるものが眠っているかもしれない。言葉にすれば陳腐だが、それが『希望』というものではないだろうか。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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