塀の中の自由、塀の外の不自由 アン・ウォームズリー:著 向井和美:訳『プリズン・ブック・クラブ-コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』

 

 この本はタイトルの通り、刑務所の中で受刑者達を集めて開かれる読書会について記したノンフィクションだ。受刑者に配慮して人名やプロフィール等は一部脚色されているが、創作された登場人物は一人もいない。
 著者は実際にこの刑務所読書会の為の選書に関わり、自らも刑務所に足を運び、銀行強盗から麻薬の違法売買、果ては殺人といった罪で服役している受刑者達と本を通じて交流した。その経験をまとめたのが本著である。

 実は、自分が勤めている会社でも今年から読書会が毎月行われる事になった。その事もあって本著を手にした訳だが、実は自分は、自分達の読書会が刑務所の中のそれよりも自由がないものである事を思い知らされて既に辟易している。

 自分達の会社で催される読書会とは、ある月刊の経済誌の中から決められた箇所を読んで感想を書き、社員同士少人数のグループを組んで互いに発表するというものだ。そしてその経済誌の中身といえば、経営論であったり、著名人へのインタビューであったり、成功を収めた経営者達の対談であったりする。主催者は社長だし、読書会の進行役はその月刊誌を出版している出版社の社員だ。この時点で、この読書会の問題点がいくつかある。それは『感想の「正解」が既に決められている事』と『否定的な感想を述べる自由が無い事』、そして『人事評価を握っている社長が主催している事』だ。

 経済誌を読んで感想を書いて来る事が決まっている時点で、社長が自分達に求めている感想とは「~の部分を読んで感銘を受け、これまでには無い気付きを得る事が出来ました。これを今後の仕事の中でも活かして行こうと思います」というものでしかない事は明白だ。自分は本の感想を書き慣れているし、相手がどんな感想を期待しているかも容易に察しがつくし、その期待される感想=正解に沿った文章を書けと求められればいくらでも応じる事が出来る。ただ、それに何か意味があるのか。正直苦痛でしかない。

 一応、従業員同士で感想を発表し合う事で交流を深め、互いの存在に関心を持つ様に、また社員間の連帯を深める様に、というもうひとつの目的はある。ただそれは副次的なものであって、会社が求めている社員教育の一環としての読書会の効能としては、読書会を通じて社員が真面目に働く様になり、生産性が上がり不良率が下がり売上と利益が上がって会社が儲かる事が全てである様に思う。そしてその読書会における発表内容を、自分達の人事評価の一切を掌握している社長と出版社の社員に聞かれているという状況で、否定的な感想を述べる自由がある訳もない。ちなみにこの月刊誌の購読費用は福利厚生費として計上されているという話を聞いたが、「これが福利厚生かー日本語って難しいね」という印象だ。

 さて、翻って本著で語られる刑務所読書会だが、この読書会の良い点は『受刑者達の更生と社会復帰を促す為の教育の一環として仕組まれているもの「ではない」事』だ。この読書会を主催しているのは志を持ったボランティアであり、刑務所の所長でもなければ看守でもないし、もちろん政府でもない。その目的は彼等を更生させる為の教育というよりも、彼等の『自由』を――塀の中で大幅に制限されているであろう自由を――本に対する感想を述べるその一時であろうとも守り、ひいては彼等の尊厳を守る事にある様に思う。受刑者の尊厳、犯罪者の自由などと言うと「そんなものを守ってやる必要がどこにあるのか」という意見が出るだろう。自分も半分はそう思う。しかし、進む道を誤ってしまう人間の多くが、罪を犯す前からそれらの多くを与えられて来なかった、あるいは選択肢を奪われて来たという事実は事実としてあるのだろうとも思う。

 そんな読書会であるから、そこで語られる感想には「求められる正解」というものは存在しない。課題図書としては様々な小説があり、自伝やドキュメンタリーの様なノンフィクションもある。登場人物や著者に感情移入出来ない事もままあるだろう。その時は「自分には受け入れられなかった」と正直に述べる自由が彼等にはある。誰に遠慮する事もない。

 もちろん、ボランティアとはいえ読書会を主催し、選書する側の人間からすれば、受刑者達に楽しんでもらえるかどうか、興味深く読んでもらえるかどうか、どんな本を選べば読書会での意見交換が有意義なものになるかという計算はある程度しているし、彼等受刑者から引き出される感想に対しての『期待』はある。思惑もある。ただそれは『正解』ではない。どんな意見があってもいい。自分が選んだ本を「つまらなかった」と言われるのは選書した側からすれば期待外れの反応かもしれないし、残念な事かもしれないが、場合によってはそれでも構わない。そうした『自由』を持った気風がこの刑務所読書会の中にはある。自分の会社で行われている読書会には無いものが。

 自分はこれまで、読書という体験をあまり他人と共有して来なかった。友人と映画を観に行って、互いの感想を述べるという事は自然にしていたのに、である。ここにこうして本の感想を書く事を始めてから、気付けば結構な年数が経ったが、それはこの先の自分に宛てた備忘録の様なものであって、他者に対する感想の発表や共有という意識は薄い。自分にとって読書は本と読者との一対一の関係の中に集約されるものであって、読書会の様な形で誰かと共有する体験ではなかったのだと思う。ただ本著を読み、もしこの先自分にも機会があって、誰かと同じ本を読み、忌憚なく感想を述べ合う事が出来たら、それはもしかすると自己完結する読書とはまた違った楽しみになるのかもしれないとは思った。

 自由である事。文字にすればたったこれだけの事を守り通す為には、越えて行かなければならないいくつものハードルがある。自由を守る事の難しさを乗り越えた先に、ようやく本当の意味での交流が成されるのだろう。受刑者達が読書会という交流の場を得た事で、刑務所の中で作られた小さなグループ、例えばムスリムのグループであったりヒスパニックのグループであったり、黒人のグループであったりといった小集団の枠から離れて、異なる立場と境遇を生きている他者との交流を持てるまでに至る経緯は、他者からの強制や強迫というものが日常的に蔓延しているこの社会の窮屈さと『生き苦しさ』を浮き彫りにしている様に思う。

 塀の中の自由。塀の外の不自由。そんな言葉を思い浮かべながら、自分は与えられた課題の為に「求められる正解」をなぞる様な感想を書き始めようとする。苦痛で、実りがない感想を。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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