人が思いを伝えるという事・藻野多摩夫『オリンポスの郵便ポスト』

 

 最近また『ライトノベル定義論』的な流れをTwitter上で見かけて、自分もいくつかツイートをしたのだけれど、その時は書かなかった事で、自分が「ライトノベルとその他の作品」を分けて考えている事がひとつあったなと思う。本作を読んでいてその事に思い至ったのだけれど、それは「特にライトノベルの公募新人賞を受賞した作品を読む時は、その時点での作品の完成度の高さよりも、作家の将来性を期待している」という事だ。

 本作は、第23回電撃小説大賞で選考委員奨励賞を受賞した作品だ。
 舞台は火星。人類が地球から火星への本格的な入植を開始してから200年後の世界。しかし、火星の惑星改造(テラフォーミング)という壮大な計画は、80年前の大災害と、それが引き金となって発生した半世紀に及ぶ内乱で頓挫してしまっている。通信施設の破壊により母星である地球との連絡手段を失ったのみならず、交通網の寸断、電子メールや電話といった通信手段の喪失によって、長距離の情報伝達を昔ながらの手紙に頼るしかないまでに技術レベルが後退した世界。地球からの連絡もなく、新たな入植者がやって来る事もなく、徐々に大気が失われ、死の星に戻りつつある火星から脱出する術もない。そんな静かに滅びへと向かう星の上で生きる人々の姿を本作は描く。

 火星で長距離郵便配達員(ポストマン)として働く少女、エリスは、ある事情から都市伝説として言い伝えられている『オリンポスの郵便ポスト』を目指す事になる。「オリンポス山の天辺にある『オリンポスの郵便ポスト』に投函された手紙は、神様がどこへでも、誰にでも届けてくれる。仮にそれが天国でも」というおとぎ話。そのオリンポスの郵便ポストまで「自分を届けて欲しい」と告げる『郵便物』は、機械の身体を持つサイボーグ。『レイバー』と呼ばれる、一見古風なロボットの様な外見をした依頼人、ジョン・クロ・メールはエリスにこう告げるのだ。

 「私は自分の死に場所を探しているのです」

 ポストマンの少女、エリスと、郵便物であるクロの道行き。存在すら疑わしいオリンポスの郵便ポストを目指す旅は、どんな結末を迎えるのか。

 通読して、綺麗に整った物語というよりも、手触りがまだ少しゴツゴツとした、磨かれる前の原石の様な粗さがある物語である印象を受けた。読んでいて疑問を感じる設定や、物語の展開の中で引っかかりを覚える箇所もある。作者が語りたいテーマも目一杯詰め込まれている。だから全体の印象は、まだ粗い。物語として形を整えるならば、きっとまだ削らなければならない箇所が多いのかもしれない。

 しかし自分は、本作はこれで良いのだと思う。ライトノベルの公募新人賞に応募される作品、そして受賞した作品として読む時、この『粗さ』が今後どう磨かれて行くのかという期待感があるからだ。

 ライトノベル作家としてデビューし、その後一般文芸の世界に越境して行った作家は多い。これを「ライトノベル作家としてデビューして実力を付けて、より高いステージに上って行ったのだ」などとしたり顔で言うと、まるでライトノベルが一般文芸よりも稚拙なものであるかの様な誤った印象を与えかねないのだが、それでも敢えて書くならば、ライトノベルの公募新人賞が作家としての登竜門の役割を果たしている側面も確かにある。そこからライトノベル作家として同じ戦場に留まって書き続ける作家もいれば、一般文芸の世界に軸足を移して行く作家もいる訳だが、その出発点となる作品、言ってみれば「始めの一歩」の作品として見た時、作者が本作に込めたテーマは正しいと思う。

 言ってみれば本作は、『人が思いを伝える事』を主題にしているのだろうと思う。

 今を生きている自分達が、他者へと気持ちを伝える為のコミュニケーションもそうだし、もっと時間軸の幅を広げて考えるならば、今を生きる自分達が先達からどんな思いを引き継ぎ、後世に何を遺そうとするのか、どんな生き様を選ぶのかという事もそうだ。また人の生き様を描くという事は、人がどう生きるべきなのかという価値観を問い直す事でもある。そして、それらは全て『人が思いを伝える事』を軸として語る事が出来るテーマだと思う。

 『人が思いを伝える事』というテーマを語る時、自分達はその思いを伝えようとする側、発信者に目を向けがちだと思う。手紙を書く側、小説を書く作者、SNSでつぶやきを発する側、世の中に対して声を大きくする指導者や為政者。彼等に目を向ける事は間違っていない。ただ、思いというのは発信されただけでは当然伝わらないものであって、そこには受け手がそれらの思いをどう受け止めるのかという事が表裏一体の主題としてある。そして、その中で人の思いが時にすれ違ってしまうという悲しさも。

 また、思いの発信者であり受け手でもある自分はその中でどの様に振舞うのか、生きるのかという主題も切り離せないものとして同じ場所にある。

 一作のライトノベルに詰め込むには大きすぎるきらいがあるテーマ。でもそれに取り組もうとする作者の気概が、自分は好きだ。もちろん「作家が作品を通して読者に何を伝えようとするのか」という事も、『人が思いを伝える事』というテーマの中に含まれる訳で、それは作家が作品を発表して行く中で最後まで模索して行く事になるだろう課題でもあるのだから。

 作品が出版されるという事は、作者が『人が思いを伝える事』から逃げなかったという事だ。だから受け手である自分もまた、なるべく雑な語り方にならない様にしたいと思う。そして自分が作者の次の作品に触れる機会があれば、読者としては嬉しい。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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No title

素敵な感想だったのでコメントをすることをお許しください。

新人賞に応募して、それが人の手に取って読まれることというのは新人作家から見て結構勇気のあることだと思っています。

何せ読者からお金を取って本を読んでもらうわけで、プロの作家としてその作品が心躍るものだったのか、それとも響かなかったのかという二択を突きつけられることと同義だからです。

読む側も肥えた読者が多いものですから、辛辣な感想を投下され続けることもままあるということを、長年のライトノベル読書経験から知っています。

そして意外なことに、黒犬さんのように「ちょっと粗っぽいけど将来が楽しみだなぁ」という感想は驚くほど少ないです。
「本を出版することが許された」ということは出版会社から将来を期待されてのことであって、単純に「面白い作品を書けるから」という理由のみではないということを読者も、そして作家も忘れてしまうことがあるのかもしれません。

ぼくも毎年どんな作家が活躍していくのかと思うと期待で胸が膨らむクチなのですが、残念ながら「新人応募止まり」でその後を見なくなったという新人作家は後を絶ちません。

それが悪いことだとは言うつもりはありませんし、別の方向で楽しくやっていけそうなら全然別方向の人生を歩んでも素晴らしいことだと思います。

この「思いを伝えること」から逃げなかった作者さんがどのような成長をされるのかはわかりませんが、本の続きを読んでみたい。
読者として、今はそんなことを思います。

>たろふさん

こんばんわ。コメント、拝読しました。

ここで自分が繰り返し言っている事でもありますが、個人的なこだわりとしてはなるべく『ネガティブな感想にならない様にする』という部分があります。一言で言って完成度が低いとか、面白くなかったとか、もっと言えば点数を付けるとか、書評、感想系のサイト等で時折見かける事ですが、ネガティブな感情をわざわざネット上といういつまでも残る場所に書く事に対する抵抗があるからです。逆に良い所や、その本を読んで自分が何を感じたかというプラスの面は形に残しておきたい。自分の感想書きはその点だけはちょっと気を付けてやる様にしています。

新人の作品を読むと荒削りな印象を受ける事が多いです。でもその『粗さ』は悪いものではない様に思います。それはこれから磨かれて行くだろう余地がある事を示していますし、テーマの部分をしっかり押さえていれば欠点と呼ばれるほどのものでもない。何より自作の粗さは作者が一番身に染みていると思いますし、作品を重ねる毎に進化して行く部分でしょうから。

次の作品で作者がどんな飛躍をしてくれるのか。それを読者の側は期待して待っているのです。
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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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