終わらない戦争の始まりに向けて・安里アサト『86―エイティシックス―Ep.2 ―ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈上〉』

 
 
 前回の藻野多摩夫氏の『オリンポスの郵便ポスト2』同様、受賞作出版後の次回作として刊行された本作。受賞作の『86―エイティシックス―』の完成度が高く、こちらも「続編は蛇足になるのでは」という危惧が聞かれたし、実際そうした声もあるが、個人的には1巻で描かれた結末に辿り着く為の物語として、読み応えがあるなという印象。

 戦争を描いた作品を目にすると、それがどれだけリアルなのかという事が気にされる様に思う。戦闘描写や兵士の心理描写、兵器設定、戦略・戦術考証の正しさなどが主に注目されるのだと思うが、本作における「戦争のリアル」とは、そこから少し離れた所にある様に思う。

 無人の自律無人戦闘機械群<レギオン>が人類を滅ぼすまで終わらない戦争を続ける。対する人間側は、休戦も降伏も許されない。

 この様な戦争の形は、現実にはまだ存在しない。通常ならば継戦能力を失った時点で休戦なり降伏なりが検討される事になる。日本もかつての大戦では本土決戦と一億玉砕を掲げて戦ったが、最終的には降伏を受け入れる事になった。では『86』にリアルは無いのか、現実とは全く異なる絵空事の戦争なのかと言えば、それは異なる。本作で描かれる戦争は、むしろこれから自分達の前に表れるかもしれない新たな戦争の形だ。

 本作では無人機による戦争が描かれるが、現実に米軍などは偵察や対地攻撃などに無人航空機を活用し始めている。自国の兵士の命を守りつつ相手に打撃を与える手段として、攻撃機の無人化という流れは正しい。

 現在、特に民主主義国家の軍隊では、人命が重く扱われる。それはなぜかというと、何も人道的な理由ばかりではなく、教育・訓練の為のコスト意識を除けば、「人が死ぬ戦争は自国民からの支持を得られない」からだ。支持が得られないという事は、「戦争を続けられない」という事だ。

 過去の世界大戦の様に、何百万人も戦死者を出す様な総力戦は出来ない。戦死者が出れば、必ず国内で反戦運動が起こる。特に米軍の様に、他国に派兵しての戦闘で戦死者が増えれば、自国の若者を死なせてまで他国に介入する意義はあるのかという論調が強まる。

 戦争には人の死に見合うだけの正当性が必要だ。

 侵略戦争による他国の植民地化が許されないものとなり、武力によって他国を併合し、覇権国家の地位を得ようとする動きは鳴りを潜めた。やるにしても、ロシアのクリミア併合がギリギリのラインだろう。(代わりに、経済的影響力を強める事によって覇権国家たらんとする動きはある)

 犠牲に対する見返りが少なく、兵士を無駄に死なせる様な人命軽視の作戦も容認されない現代戦では、戦争の正当性をひねり出す事に苦心する様になる。その意味で、対テロ戦争というお題目は最新のトレンドになる訳だが、それとて無制限の犠牲を容認するものではない。自国民が死ぬ事が戦争の歯止めになるという前提は、まだ失われてはいない。

 ただ、ここで逆に考えてみる。戦争で戦死者が出なくなれば、何が戦争の歯止めになるのか。

 精密誘導された巡航ミサイルが一方的に敵拠点を破壊し、無人航空機が遠隔操作で敵地を攻撃する。相手の反撃が届かないアウトレンジから一方的に敵を叩いて潰す。今はまだ先の話だが、今後陸戦兵器が無人化される様な事があれば、市街地占領の一歩手前までは歩兵が介在しない無人の戦争が遂行可能になるかもしれない。歩兵の代わりをロボットがする様にまでなればまるでSFだが、恐らく軍は大真面目に研究しているだろう。

 それは自国の兵士の人命を守る為だ。表向きには。ただ実現したとすれば、それは『終わらない戦争』の始まりを意味するのではないか。

 兵士が死なない戦争において、勝利以外に攻める側が矛を収め戦争を終らせるに至る要因は、戦費の増加による経済的負担しかなくなる可能性がある。本作に登場するレギオンは悪魔的に描かれているが、その実、兵器の無人化を推し進める現実の軍隊にとっては正に夢の兵器だ。そして、人的被害を「気にしなくて良い」状況は、開戦の決断と戦争継続を容易にする。味方の兵士の人命を守ろうとして推し進められる兵器の無人化は、当初の人道的配慮とは正反対に、上層部に武力行使という選択肢を容易に選ばせ、結果として相手側の戦死者をこれまで以上に積み上げる事になるのかもしれない。

 現実に置き換えて考えれば、本作における「戦争のリアル」とは、そうした「人間の倫理の欠如」であり、もっと言えば「人間の愚かさ」だ。

 それは無慈悲な無人兵器が人間を蹂躙して行く様であり、それに対抗する為に同胞を人間扱いせずに『無人機のプロセッサー』として使い潰した結果、その亡霊とでも言うべき<黒羊>によって焼かれる事になる人間のどうしようもなさだ。無人兵器をもって戦争に踏み切った帝国も大概だが、対抗する共和国の非人道的な人種隔離政策も負けず劣らず邪悪だった。そしてその人倫にもとる戦争のツケを支払わせられる羽目になるのが連邦やエイティシックス達というのも皮肉だ。

 人命を守る為の無人機という建前が開戦の引金を軽くさせ、無制限に戦争の長期化を許した結果としてより多くの血を流させる。戦争の愚かさ=人間の愚かさとはそこにあって、それはフィクションの世界には収まらない。子が親に似る様に、レギオンの残虐さもまた、人に似ている。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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