ひとりだけの世界を持ち寄って・遍柳一『平浦ファミリズム』

 

 本作、『平浦ファミリズム』が家族を描いた作品である事は間違いない。けれど家族というものもまた個人の集まりなのであって、そういう意味で本作は、個人のあり方と人間同士の関係を描くものでもある。

 既に各所で話題になっている作品なので、あらすじ等は他に譲るとして、『家族』というものについて少し考えてみる。本作に登場する平浦家は、各々が強い個性を持っていながら、家族愛が強く、互いに尊重し合って生きている。理想の、というと少し語弊があるかもしれないが、家族が互いに思いやりをもって生きている姿を見て羨ましいと感じる人もいるかもしれない。現実は、そう上手くは行かないものだから。

 家族といってもその形は様々だ。身近な所では、父親が妻や子供の生活を顧みずギャンブル中毒になり、親戚に借金をして回る様になった結果、離婚に至った例を知っている。また親が子供に対して過干渉で、自分の敷いたレールの上を歩ませる事に苦心した結果、親子の信頼関係が崩れてしまった家もある。近年、『毒親』と言われる事もあるが、家族という関係だからこそ、その悪影響から逃げられない、という話はよく耳にする。

 特に過干渉が原因で親子関係が悪くなる場合、干渉している親は「良かれと思って」そうしている場合が多く、自分が正しいと信じて疑わないので、高圧的な態度を改めようとしない。自分が教えてやっている、指示してやっている、忠告してやっている、という態度がそれなのだが、子供が欲しいのは「道を間違える前に首輪に付いたリードを引っ張られる事」ではなく、「自分を信じてくれる事」であって、仮に道を間違えたとしても、その失敗を含めて自分の存在を許容してくれる事なのではないかと思う。それが『信頼』というものだし、その信頼が家族の中で形になったものが『家族愛』なのではないか。

 そして多分、他人との関係性にも、同じ事が言える。

 以前勤めていた会社の経営者は、何か癇に障る事があると「お前らに任せている仕事なんか自分がひとりで全部やった方が早いんだ。それを自分はお前達に任せてやっているし、仕事を与えてやっているし、食わせてやっているんだ。だから感謝しろ」と口走る様な人だった。確かにそれはそうなのだろう。他人を信用せず、評価しないなら、全て自分でやった方が早い。他人のミスで自分が頭を下げなければならない場面では腸が煮えくり返る事もあるだろうが、自分のミスなら自分自身が反省すれば良いのだから腹を立てる事もない。そして仕事で成果を出せば、それはチーム全員の貢献ではなく自分ひとりの手柄になる。上司が言うのももっともな事だ。ただ、言われた方はこう思うしかない。「じゃあ全部アンタひとりでやってろよ」と。

 家族を信用しない。他人を信用しない。自分の能力だけが信じられるもので、自分はひとりでも生きて行く。周囲の目なんて気にしていられないし、能力のない奴に構っている余裕はない。そんな風に生きて行く事も可能なのだろうと思う。或いは、競争社会を生き抜く手段としてそれが正しい場合もあるのかもしれない。でも、どんなに優れた人間でも、たったひとりで立っている世界の広さは、ひとりである事の限界に見合った広さにしかならない様にも思う。なんて、その「ひとりの世界」を守る事に汲々としている自分が偉そうに言えた義理ではないが。

 『平浦ファミリズム』は、家族と自分の能力だけが信頼に値するものだった少年が、その信頼の輪を少しずつ他者へと広げて行こうとする物語だ。そして『信頼』が『家族愛』になる様に、他者に対する信頼は、他者に対する友情や仲間意識に育って行くのだろうと思う。個人主義に立ってみれば、それは余計な荷物やリスクを背負う事になるのかもしれないし、時には自分の足を引っ張られる様な苛立ちを覚える事に繋がるのかもしれない。しかしながら、ひとりでは辿り着けない場所に至る為に人は仲間を求めるのだし、家族というものもひとりでは作れない。ひとりでは背負い切れないものも、誰かと荷物を分け合えば耐えられるという事もあるだろう。

 信じるという事は、裏切られる可能性を許容する事だ。それは自分以外の誰かの失敗を許容する事でもあるし、逆に言えば自分の失敗を受け止めてくれる誰かの存在がある、という事でもある。身近な所では、それは家族であり、友人になるのだろう。

 自分が抱える「ひとりだけの世界」を誰かが抱える「その人の世界」と重ね合わせる事。繋げる事。互いの価値観に触れてみる事。それは個人が持っている世界を、価値観を平均化して均一にならし、皆がひとつの価値観を信じ、それを正義として同じ方向を向けという事ではなく、それぞれの価値観を尊重しながら広げて行こうとする事だ。他者を尊重する事。それがきっと、最後には自分が生きて行く上での助けになる。そう信じられる事が、他者への信頼に繋がるのだろう。きっと。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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