戦争を知らない国の現実 カルロ・ゼン『ヤキトリ1 一銭五厘の軌道降下』

 

 というわけで、自分の初カルロ・ゼン作品は『ヤキトリ』という事になった。(『幼女戦記』はアニメで見た程度)

 前から薄々感じていた事だが、日本は実は不思議な国で、アニメ、漫画等のサブカルチャーや架空戦記の世界でしか『戦争』を論じたり、考察したりする事が許されない空気がある様に思う。戦国時代等を描いた時代小説は別として。軍事評論家なる肩書きもある事はあるのだが、一般人が公共の場で戦争について語る事はなぜか憚られるし、それをすると軍事マニアと思われてしまうきらいがある。更には言うに事欠いて「戦争が好きなんですか」などと飛躍した決め付けをされる場合があって、迂闊な事が言えない。

 著者のカルロ・ゼン氏といえば、そんな中で「異世界転生もので主人公(の外見)が幼女」というオブラートに包んだ軍事ネタを涼しい顔をして放り込んで来る危険人物(失礼)という印象だったのだが、舞台が宇宙に切り替わっても本質的な所は変わらない様に思う。

 地球人類が異星人とのファーストコンタクトを果たした結果、相手から「人的資源以外、特に見るべき所もない辺境惑星」の烙印を押され、主権を乗っ取られ、属州民としての自治権のみを認められた状態で間接統治される状態に堕した世界という、何とも気が滅入る世界観で展開される本作。主人公のアキラは惑星降下作戦に従事する海兵隊員の安価な代用品、通称『ヤキトリ』として異星人の星間戦争に駆り出される事になる。

 何で通称が『ヤキトリ』なのかは本作を読めば明らかにされるのだが、この救い様のない世界で、なぜアキラが生まれ育った日本での暮らしを捨て、志願して戦争に行くのかという事情がいかにも日本的だなと思う。

 詳細な描写は省かれているのだが、どうもこの世界、この時代の日本は「足並みを乱す」者を「反社会的性格認定」し、該当者を「社会福祉公団の収容所へ『保護』」する様な管理社会になっているらしい。具体的には「労働共同体」への進路を拒否し、個人で勉強して大学へ出願する等の行為が反社会的性格認定の対象になるらしいのだ。アキラもまさにその理由から身柄を拘束され、収容所で「再教育」される羽目に陥った訳だが、彼が取り得る選択肢はふたつあった。ひとつは大人しく国に飼い殺される事。もうひとつは自らの権利を主張し、自ら選んだ進路として海兵隊員になって戦場へ行く事だ。

 作中でアキラは一貫して他人に足を引っ張られる事を嫌う。憎むとか呪うといったレベルで。やる気のある自分が「周囲のアホ共」の尻拭いを強制される事を憎むし、その境遇から抜け出そうとする自分を逃すまいとする共同体を呪う。見下される事を嫌うし、指図される事を不快に思う。いつも周囲の誰かに敵意を抱いている。常にイラついている。プライドが高く、譲歩しない。能力に見合った権利を主張する。

 思うに、『幼女戦記』の主人公が「転生前は日本のサラリーマンで、管理職を務めており、上昇志向が強く、自身がリストラ通告した元同僚から恨まれて駅のホームから線路に突き落とされて死ぬ(が、異世界に転生して再びのし上がる)」という設定も含めて、著者は能力主義、成果主義を志向しているのではないかと思う。逆に言うと、日本的な「何となく周囲の空気に合わせてなあなあで、足並み揃えて平等に、余計な事は口にしない」という風潮を忌み嫌っているのではないかとすら思う。

 本当のところ、どうかは分からない。作品の方向性=著者の思想ではないし、自身とは全く逆の思想に基づく物語を書く事も可能だろうから。ただ、戦争を描く上で、その徹底した合理主義というか、実力主義の思想は理に適っているとは思う。

 戦争というと合理主義の塊の様に思われがちだが、実は油断するとすぐ精神論や情緒的な考えが入り込んで来るものでもある。そして合理的判断を精神論や情緒が上回る時、戦争に敗北するのではないか。

 自分は近年気になっている事がある。戦争反対と言う時、反対する人はだれもいないのだが、では「戦争に負けない為の備え」を考察する事、議論する事がこの日本で許されているだろうか。戦争反対は情緒だ。それには誰も反対しない。ただ自国の安全保障=戦争に負けない為の備えについての議論は常に必要であるにも関わらず、現実には腫れ物に触るように避けられて来た。果たしてそれは正解だったのだろうか。

 日本は戦争を語る事が出来る場を公に用意して来なかった。それはいつも白眼視され、サブカル界隈の、一部マニアのテリトリーの中に押し込まれて来た。今まではそれで済んでいたかもしれないが、これから先どうなるかは分からない。

 本作が描く戦争はもちろん架空のものだ。ただそこに登場する日本の姿に薄ら寒いものを感じるのは、それが現実のこの国の姿と重なるものがあるからなのではないかと思う。戦争について論じる事は反社会的性格認定とまでは行かないが忌避されている。それが平和主義を掲げるこの国の現実なのだとすれば、その『現実』は自分達の外側にある世界に対して、どこまで通用する『現実』なのだろう。そんな事を思った。

  

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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