それでも信じて選挙に行くしかない僕等は・浅井ラボ『されど罪人は竜と踊る 20 三千万の美しき残骸』

 

 えー、個人的にちょっと色々あってご無沙汰でした。具体的に言うと体調不良で6月末頃に会社を辞めたのですが、3ヶ月程療養しながら就職活動をしたところ、無事転職先が見つかりまして、10月からまた勤め人に戻った次第です。今度は無理しない範囲で頑張りたい所存。

 さて、個人的にぐだぐだしていた間にも世の中というのはきちんと前に進んでいて、世界情勢やら国内の政治状況やらは待ったなし。具体的に言うと北朝鮮はミサイル撃って来るわ衆議院総選挙が目前だわ新党が出来たかと思えば既存の政党が事実上潰れるわでもうわちゃくちゃという印象。そんなご時世で感想書きのリハビリがてら取り上げる作品としては、本作が相応しい様な気がする。

 自分の話ばかりで恐縮なのだけれど、高校時代を振り返ってみると自分は勉強という奴が本当に嫌いで、教師との信頼関係も崩れていた時期があった。そんな中で好きな科目というと、国語と倫理政経のみ。国語は読書好きから。そして倫理政経はというと、大人の社会がどんな仕組みと約束事で回っているのか、そしてその思想的な源流とは何かを学べるからだった。

 勉強というのは必要に迫られて嫌々やる姿勢では身に付かないと思う。勉強を始める為のとっかかりとしては、興味を持つ為のフックが必要で、入口さえ自分の意志で入れれば途中の難解さは割と問題にならない。そして若者が政治というものを考えるきっかけとして、特に民主主義というものを考えるきっかけとして、本作は優れていると思う。

 今作の舞台であるルゲニア共和国では、これまでの独裁政権が打倒され、新政府樹立の為の投票が目前に迫っている。誰が国家元首になるのか。有力な候補者としては学者から宗教指導者まで、革命に協力した有力者の名前が連なる。誰が新政府の代表となり主導権を握るのかによって、革命後の国家がどんな国になるのかが決まろうとしている。

 勧善懲悪の物語では、悪の支配者が主人公によって倒されてめでたしめでたし、となる展開が多い。ただ実際には、悪の支配者であろうと独裁者であろうと、もっと言えば魔王の様な存在であろうと、世界を支配(或いは統治)していた存在が倒されるだけでは新しい世界は始まらなくて、その後の世界や国家を誰が主導して行くかという問題を解決しなくてはならない。「魔王を倒した勇者が魔王よりも酷い軍事独裁政権を作って、民主主義の欠片もない恐怖政治を行う物語」なんてあるのかどうか知らないが、現実には起こり得る問題だ。

 現実に、独裁者を革命で打倒してみたはいいが、革命の指導者がより酷い独裁に走ったり、力で押さえ付ける存在がいなくなった事で軍閥化した地方の有力者が群雄割拠して内戦が激化し、「こんな事なら独裁政権のままの方がマシだった」なんていう事が起こったりする様な、『失敗した民主化革命』の例は枚挙に暇がない。

 革命の目的は現政権を打倒し、新しい社会秩序を作る事だ。しかし、その新しい社会秩序が以前よりマシなものであるという保証は、実はどこにもない。民主主義が芽生えたばかりの国家で行われる投票は、単に人気投票になる事もあるし、政治家が公約を守る保証もない。では選挙そのものが無駄なのか、議会制民主主義というシステムはもう駄目なのかというと、それはない。というか、現状の日本にはそれしかない。

 「選挙に行っても無駄」という空気は日本にも漂っているけれど、国民として民意を政治に反映させる手段は、選挙に行く事しかない。公約を守らない、国民の生活を顧みない政治家を見逃さず、選挙によって交代させて行く事でしか、より良い社会は維持できないからだ。

 国民が民主主義に疲れてくると、独裁者の登場が待ち望まれる様になる。それはそうだ。国民が、政治家がちゃんとやってくれているかどうかわざわざ監視したり、チェックしたりするのは面倒だし、黙っていても物事がきちんと進んで行く様に、信頼できる(と思える)様な人物に強権を預けてしまって、「後はよろしく」と責任を丸投げしてしまった方が楽だ。ただ、その「楽な方」に流れて行くと、議会制民主主義というものは瞬く間に劣化する。

 こういう話を、それこそ高校の政治経済の授業以外で、現実の政党名を出して議論するという土壌が、なぜか日本には育っていない気がする。お上のやる事に口を挟まない文化というか、上が何をやっていようと自分達は知らないという無責任というか。ただ、これをライトノベルという土俵で、架空の国で、架空の政治家や国民を使ってシミュレーションしてみると、とっつき難かった政治の世界がエンタメ的な入口を得て分かり易くなる様な気がする。

 それこそ、今の衆院選前のドタバタを見て「大人は何をやってるんだ」と呆れ返っている様な若者や、政治に興味はあるのだけれど、何から手を付ければ良いのか分からないという様な人は、小難しいタイトルの新書を読む前に本作から入ってみるのも良い気がする。民主主義とは何かという事が、分かり易く書いてある筈だ。

 世界を、そして国家や社会を形作っているのは、竜を倒す様な強者の一存ではなくて、自分達の様な無力な一般市民に与えられている一票の集積なのだという事。その当たり前を知る事でしか、自分達は前に進めない。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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地方の片隅で今日も黙々生息中。

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