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それは顔のない誰かの死などではなく・安里アサト『86―エイティシックス―Ep.3 ―ラン・スルー・ザ・バトルフロント―〈下〉』

 

 最近、戦争についてよく考える。

 北朝鮮が大陸間弾道弾と原水爆の開発、実験を継続し、アメリカ本土を射程に収めようとする中、米朝間の緊張が高まり、日本も自国の安全保障について見直しを迫られているから、という理由もある。ただ、そうした『国家対国家』という大きなスケールの問題から関心を持つ事ももちろんなのだけれど、個人的にはもっと小さなスケールの問題、つまり『個人にとっての戦争』とは何なのだろうという事についての関心が強くなって来た様に思う。

 理由は単純で、自分が転職をして新たに務める様になった所には自衛隊出身者が多いからだ。

 これまで数社で働いたけれど、元自衛官という人はほぼいなかった様に思う。それが今の職場には自分が見知った範囲だけでも既に数名の元自衛官がいる。当たり前だけれど、話してみると皆普通の人だ。中には自衛隊内で事務系の仕事をしていた人もいるし、女性もいる。「大柄で体格の良い男性」といった様な、何となく元自衛官と聞いた時に抱くイメージはこちら側の勝手な妄想だったという事に気付いて少し恥ずかしい。

 でも、そうした普通の人達が、いざ戦争となれば戦うのだな、という事に思い至ると、はっとさせられる。

 最近、戦争についてよく考える。

 戦争とは何かを語る時、高い位置から俯瞰する様に、各国の軍事バランスや政治体制、宗教や人種、思想の違い、或いは歴史的背景から発する対立軸等に目を向ける事もひとつの見方だとは思う。ただもっと個人の顔が見える位置まで降りて行って戦争というものを考える時、それはやはりどこまでも個人の生き死にが掛かった問題なのだ。

 それは、昨日まで笑って話していた相手が今日はいなくなってしまうかもしれないという事。
 それは、父や母が子を残して逝くかもしれないという事。
 それは、子が親より先に逝くかもしれないという事。
 それは、見知った友人や縁者が、兵士という数字に置き換えられ、消費されて行くかもしれないという事。
 それは、傷痍軍人となった人々と、彼等が支えていた家庭に重い負担を強いるという事。

 いざ「その時」が来たら、自衛官が我が身の危険を顧みずに戦ってくれる事を、自分達は期待している。でも自分達の側は、彼等が背負った責務に対して充分な助けを用意しているだろうか。

 聞く所によれば、日本が戦争になって自衛官が負傷、或いは死亡した場合、隊員個人が自費で加入している生命保険は支払われないのだという。なぜなら、戦争における傷病死は免責事由に当たるからだ。では、公的な保証はどれだけあるのかというと、これが心もとない。身体に障害を負った場合の医療費にしろ、死亡した場合の遺族保証にしろ、充分なものではないという事を指摘している方もいる。自分には詳しい事は分からないが、今の職場で出会った様な人達が、もしもまだ自衛官として働いていて「その時」を迎えていたらと考えると、普段テレビ画面の向こう側で有識者やコメンテーターや政治家が論じている類の戦争が、いかに現実感の乏しい、机上の理論であるかが分かる。

 机上の理論や学問、論考の類が必要なものである事は分かる。物事を大局で見る事が必要である事も分かる。しかしそこからこぼれ落ちてしまうもの、兵士として戦わねばならない個々人の暮らしや人生というものに思い至らなければ、彼等を自分達と同じ人間であると認識できなければ、万が一の時に彼等を救う手立ては準備できないのではないだろうか。

 本作には、こんな一文がある。

 “哀れみも恐れも、一方的なそれは無理解と同義だ。哀れみ見下すにしろ恐れ仰ぐにしろ、それは相手を自身と同じ高さに置かず、わかり合おうともしない態度のことだ。”

 有事を論じる際、大手メディアにしろ政治家にしろ、或いは官僚組織にしろ、最前線で実際に働く人々の事をどれだけ『自身と同じ高さ』に置いて考えているだろう。自身は決して傷付く事のない位置から犠牲を強いて高みの見物を決め込むのなら、それは本作の中で繰り返し描かれている『白ブタ』の態度と何が違うのか。

 普通、ライトノベルは読者に「主人公側に対する感情移入」を促して行くものだと思う。でも自分が本作を読んでどうしても感じるのは、むしろ『白ブタ』こそが自分なんじゃないのかという事だ。他人の犠牲の上で安穏と暮らしながら、見たくないものからは目を背け、危機感も当事者意識も薄いまま日々をやり過ごす様に生きて行く。

 本作はそんな『白ブタ』に向けた、「これでいいのか?」という問いだ。その鋭い切っ先に向き合う気概は、まだ自分の内にあるだろうか。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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