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願う自分は、どんな自分か・入間人間『もうひとつの命』

 

 “命をかけるって言葉がある。命がけでやりますって人は決意できる。
 もちろんそれは表現や比喩のようなもので。
 でも僕は違う。
 命が二つあるなら、本当の意味でそれができるのだ。”

 『もし生まれ変わったら』なんていうフレーズがある。それはありふれた願いというか空想で、そう思う事自体に罪はない。誰かに責められるいわれもない。

 「そんな現実逃避をしている暇があったら、今この時しかない人生を懸命に生きろよ」という指摘は正しくて真っ当で、でも悩んでいる誰かに、自分に、手を差し伸べてくれる事はない。

 正しい事は、正論は、正義は、誰かを救う為に存在している訳じゃない。

 もっとも、じゃあ悪い事が、間違った事が誰かを救うのかというと、そんな保証も無いのだけれど。特に『悪い魔女』の言う事なんて簡単に信用するもんじゃない。

 本作の登場人物達は、森で出会った魔女に『二つ目の命』を貰う。

 一度死んでも生き返れる事。命のストック。アクションゲームやシューティングゲームの残機が増えた様な手軽さ。でもそれは、ゲームのキャラクターが一度死んでも生き返れるというのとは全く別の覚悟を強いるものだという事が、次第に明かされて行く。

 『もし生まれ変わったら』っていう、よくあるフレーズの下には、大抵『現在の自分への否定』が続くものだと思う。「生まれ変わったら鳥になりたい」でも「生まれ変わったら今度こそ恋を実らせたい」でも「生まれ変わったら大金持ちになりたい」でも何でもいいけれど、今の自分がこの人生で取りこぼして来た何かや、捨ててしまった何か、或いは理想の自分像が『もし生まれ変わったら』という言葉の下には埋葬されている。

 叶えられなかった願い。果たせなかった約束。手を伸ばしても届かなかった夢。そうしたものをひとつひとつ埋葬しながら自分達は生きている。『もうひとつの命』は、そんな自分達に囁きかける。

 『じゃあ、本当に死んでやり直してみろよ』

 『もし生まれ変わったら』と嘆くなら、本当に今生まれ変わったつもりでたった今からやり直せ。タイムマシンに乗って過去に戻れたならと思う暇があったら、今何十年後の世界からタイムマシンで戻って来たつもりになって今動け。そういう聞き飽きた精神論の前に、自分達は多分気付かなければならない。本当に命を捨てて、或いは命をかけてまで願う自分の姿とは何なのかという事を。その為に、何をどこまで犠牲にできるのか。そもそもその願いは、間違っていないのかという事も含めて。

 事実は小説より奇なりとはいえ、今自分達の手にはたったひとつの命しかない。『もうひとつ』が与えられる事は無いだろう。いつか、そのたったひとつの命をかけなければならない時が来るのかもしれない。それは明日かもしれない。とはいえ、そんな張り詰めた気持ちのまま人は生きて行く事が出来ないし、覚悟を決められないままでも時間はどんどん過ぎ去って行く。今年がもう少しで去年になってしまう様に。

 だから自分はもうどうしようもない様な、落ち着かない気持ちで今この時に立ち尽くしている。迷いだらけで、決意には程遠く、焦りばかりが募る。それでも進む時計の針を止める事も出来ない。amazarashiの歌の様に、『季節は次々死んでいく』のだから。

 願う自分は、どんな自分か。それは間違っていないか。

 その問いに答えられないまま、また今年が終わる。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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黒犬

Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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