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そこにあるのは、ディストピアか・小川哲『ユートロニカのこちら側』

 

 例えばネットショップで買い物をする時に、過去の購入履歴や閲覧履歴から、「あなたにはこちらの商品もおすすめです」等の提示を受ける事がある。小説で言えばいつも作品を購入しているお気に入りの作家の新刊や、ふと思い立って有名作を買ってみた作家の過去作品、またそれらから導き出された全く別の作家の作品など、色々なものがおすすめ作品のリストに上がってくるわけだ。

 使ってみればなかなかに便利な機能だ。ただ、便利だからとつい無批判に受け入れてしまうが、一歩退いてみればこれは自分の趣味嗜好がデータとしてどこかに蓄積され、利用されているという事でもあり、もっと言えば本好きの人間が提供している膨大なデータによってこの機能が高度化し、精度が上がって行くとするなら、自分の判断で新刊に手を出すよりも、ショッピングサイトのおすすめ作品を次々消化した方が有意義だ、なんていう事が近い将来に起こるかもしれない、という事でもある。

 自分は思う。人間は自由を欲するが、同時にその自由によって日々あらゆるものを選択しなければならないという事に疲れ果ててもいる。そして、選択を誤った結果失敗するのではないかという恐怖に取り憑かれてもいるだろう。

 些末な話で言えば食事のメニュー選びもそうだ。どの店に入るか。どのメニューを注文するか。自由に選べるからこそそこには悩みがあり失敗がある。その苦悩を無くすにはどうすればいいか。殺伐とした方法としては、あらゆる料理をこの世界から消し去って、俗に「ディストピア飯」などと呼ばれるものしか残さない、つまり選択肢を潰すというやり方がある。ただ、そこまで無茶な方法をとらなくても、もっと簡単に出来る方法もある。先に挙げた様な技術を駆使して人間の『選択する自由』に介入してやればいい。「あなたにはこんな食事がおすすめですよ」という程度のやんわりとした触れ方で、人の意思決定に介入してやればいいのだ。そこに医学的なデータや個人の食事に関する嗜好といったものの裏付けがあればなお良い。そして「このおすすめに従ったら良い結果が出た」という成功体験を積み重ねて行く。それはやがて強固な条件付けとして機能するようになるだろう。その先に何があるのか。それは人の『意志』の消失なのかもしれない。

 本作『ユートロニカのこちら側』では、人の視覚や聴覚、位置情報といったあらゆるデータを企業が収集し、利用する事を許す代わりに、つまりはプライバシーが大幅に制限される代わりに豊かな暮らしが送れる様になったある都市の姿が描かれる。そこでは働く必要もない。都市を運営する企業が、個人が提供する情報の対価として生活に必要な収入を与えてくれる。そして、悩む事もない。自分がどんな行動をするべきか、全てに「おすすめ」がついて回るからだ。大量のデータを収集し、統計を行い、人の行動を予想して行けば、健康の為に今食べるべき食事から犯罪の容疑者割り出しまで全て機械任せにできる。もっと言えば、「これから先犯罪を行うであろう人物」を事前に洗い出して犯行前に確保する事さえ可能だ。

 こうした世界の中で、人間はどの様に生き、どの様に変質して行くのか。
 そして、変わらないものがあるとすれば、それは何か。
 本作が問うているのは、きっとそこだと思う。

 本作は「人間は自由意志を、人間性を放棄するべきではない。ロボットの様に生きるべきではない」という様な結論ありきで描かれる作品ではない。むしろこの先起こり得る自分達の変容に対するひとつの思考実験の様だ。そして本作の描く未来の姿は、きっとそう現実とかけ離れたものではない気がする。

 自分は時に思う事がある。果たして人間には自由意志などという高尚な機能が本当に必要なのだろうか。

 例えば映画『マトリックス』の中で、キアヌ・リーブスが演じる主人公のネオはコンピューターの支配から人類を救う救世主として描かれるが、自分が感情移入するのはむしろ仮想世界に戻る為に仲間を売るサイファーの方だ。醒めない夢を見て生きる事の何が悪い? 仮想であってもそれを現実として生きるならば、それが自分にとっての現実であり、幸福な人生だ。そう願う人間の弱さを自分は否定できない。特に自分の心が弱っている時には。

 生きて行くという事は選択の連続で、自らの選択には責任が伴う。振り返れば間違いばかりだった気もするが、仮に自分がこれまで何度も躓いてきた道程に、本当はもっと『正解』と呼べる様な道筋があったとしたら。そして誰かがそれを教えてくれていたなら。自分の意志によって、選択によって『間違う権利を得る』事と、自分以外の何かに縋る事で『自由意志を失う』事のどちらが幸せだと、或いはどちらが正しい事だと、一体誰が決められるだろうか。

 今よりももっと厭世的だった頃の自分は、極論すれば機械になりたかった。汎用ではない、単一の機能に特化した機械。自由意志など無く、決められた役割を死ぬまで全うする機械だ。そこには悩みも、迷いもない。そういう超然とした存在になりたかった。今は必ずしもそうではないとはいえ、そうした志向を持っていた人間からすると、本作が描き出す世界がディストピアなのだと規定するのは早いのではないかと思う。近い将来、人は自ら望んで自由意志を捨て去るのかもしれない。そして意志もない代わりに、迷いも悩みも抱かない存在にシフトして行くのかもしれない。その未来を、ユートロニカを自分は見てみたいのだ。きっと。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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