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窮屈な現実世界からの、軽やかな解脱・八島游舷『天駆せよ法勝寺』

  

 最初に告白する。
 自分は古橋秀之氏の『ブラックロッド』が大好きで、それだけが理由ではないが、何を思ったか大学では寺の跡取りでもなければ美術を専門に学んだ事もない門外漢なのに仏教美術を専攻した人間である。そんな人間に「その中に金堂を内包した巨大な九重塔が、『佛理学(ぶつりがく)』によって駆動するロケットと化して星の海に飛び立つ」などという小説を与えるとどうなるか。

 素晴らしすぎてそれを言い表すには語彙が追い付かない。

 何せ『摩尼車(マニぐるま)』に『フライホイール』というルビが振ってある作品である。いや確かに回るけど! このルビは自分の中で『ブラックロッド』にあった『機甲祈伏隊(ガンボーズ)』辺りに匹敵する。しかも本作では摩尼車を高速回転させ、高速自動読経の結果として発生する功徳により佛の力が現出したりする。凄いぞ摩尼車。

 これらをギャグとして、一発ネタとしてやるならば、そんなに心惹かれるものは無いのだが、『ブラックロッド』にせよ『天駆せよ法勝寺』にせよ、物語そのものは非常にシリアスだ。ギャグでもなければネタでもない。そこが良い。

 スチームパンクが蒸気機関や機械式計算機が発展した架空の世界を描き出す様に、仏教が基幹となって佛理学が発展した世界を構築する。そこでは、現実世界では目に見えないし計測も出来ない『功徳』がエネルギーとして実在するし、曼荼羅は航宙図やレーダーとして機能する。そうした数々の『言葉の再構築』とでも言うべき言い換えや意味付けによって、実在する仏教用語はたちまちSF的な意味を付加され上書きされて行く。

 それは言い換えれば『世界を創る』という事だ。

 現実を解体し、言葉の意味を上書きし、それによって虚構の世界を再構築する。それは全くの白紙に自由に世界設定を書き込んで行くのとはまた違った快感があるのではないだろうか。そして読者の側からすれば、自分が見知っている筈の世界が、言葉が、異なる色に一気に塗り替えられて行くというのもまたひとつの快楽である。

 こうした『言葉の再構築』は、例えば冲方丁氏の『ばいばい、アース』等の中にも見られるが、それはルビの多用や言葉遊びという以上に、現実の解体と再構築として自分の目には映る。作者は自由に想像力を働かせつつ、仮に全ての名詞を自作した時程には作品が「現実離れ」しない。読者にしても元の言葉を見知っているが故に、その言葉の言い換えや意味の上書きに対して具体的なイメージを持ち易い。

 現実世界はある意味、『既に固まった世界』であると言える。良く言えば安定している。ただそこから一歩空想世界の側に踏み出して行こうとする時、その硬さは窮屈だ。人間の想像力や言葉は、もっと自由であっても良い。ただ空想の度が過ぎると、そこには現実味がなくなり、読者の共感を得る事が難しくなる。引力と斥力が釣り合う一点を探す様に、作者も読者も物語が安定する一点を探しているのかもしれない。現実に縛られず、それでいて作品が読者を置き去りにして空想世界の彼方に飛んで行ってしまわない様な、ある調和の取れた一点を。

 本作もまた、そうした調和を目指しているのではないか。窮屈な現実世界から飛び立つ星寺は、読者をも乗せて飛翔して行くのだろう。

 

テーマ : 本の紹介
ジャンル : 小説・文学

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Author:黒犬
映画と小説を主食に生きている。
地方の片隅で今日も黙々生息中。

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